第四話 村へ
「それでは、お気をつけて~」
俺は走り去っていくアンのスラッとした華奢な背中に手を振り、戸を閉める。
...ふぅ
俺はあの気まずすぎる『上目遣い効かなかった事件』が起こった後、
ショックで呆然とした硬直状態の俺を置いて、アンは説明を淡々と俺にしてきた。
話によると、どうやら最近魔物が増えてきているらしい。
その魔物たちはかなり強くスライムでも倒しにくいほど。
その魔物たちが、無力でか弱い乙女の俺の近くにわんさかいて今に襲われてもおかしくないほどらしい。
まぁ何となく予感はしていた。
ただでさえ物語の序盤に死んでしまうのだ。
でも、アンは主人公のパーティに加わる前に入っていた騎士団の制服を着ていた。
だから何日間は時間がある...はずだ。
だが早いに越したことは無いからさっさと荷造りをして村へと向かわなければいけない。
そしてそこで念願のゆったりとした平凡な美女の日常を送ってやるのだ!
「頑張るぞぉぉぉ!うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
はっきり言って死ぬのはもうそこまで怖くはない。
一度転落死というのをしてしまったせいか、死に対する恐怖がかなり無くなっているのだ。
だがしかし!
せっかく美女に転生したのだからこの生活を楽しまないでどうしろと言うのだ!
俺は早速狭い家の片っ端から何があるか探ってみる事にした。
...にしてもアンはパーティーに入る前にここに来ていたんだな。
そんな描写、漫画にもアニメでもゲームでも無かったはず。
転生して新たな知識を得たな!よかったな!俺!
・・・・・・
「う~ん...何だったんだろ...」
私、アン・ハイルデットはさっき訪ねた人の事で悩んでいた。
その人は随分と小柄で、
この魔物がうじゃうじゃいる所で済んでいるとは思えないくらい細い子だった。
それに顔が明らかにこの前あの家で死んでいた人の顔に似ている、ううん、同じだった。
実は4日前、あの家では魔物によって女の子が殺されていたのだ。
村なら騎士が助けに行くが、周辺には誰もいないような森の奥で住んでいる者は
誰にも気付かれずに魔物に食い荒らされる事が多い。
それなら森の奥に騎士を置け、という話なのだが何とも我が国は王が
世間知らずで我儘なお嬢様となってしまったおかげで混乱状態なのだ。
そのせいで魔物から村を守るので手一杯。
その上、この広い森林中に騎士たちを置けるほど騎士の人数はいないのだ。
だからこの森で生きれる人など木こりの屈強な青年くらいしかいないはずなのだが...
(ハルですっ!!!)
頭の中であの子の笑ったにこやかな顔と、可愛らしい声が響き渡る。
「.........」
巷では幽霊という存在が話題になっているが、
あの笑顔はどう見ても生きている人間としか思えない。
今度また、あの子の家に行こう。
・・・・・・
「...っよし!出来たぁ!」
俺は大きく膨らんだリュックサックを眺める。
中には少量の食べ物、金貨、替えの服くらいだ。
でも替えの服は折角女の子になったのだからと、可愛いと感じた服全てを持っていく事にした。
中々な女子力だろう。
こんな森の奥深くに住んでいるから質素なものばかりかと思えば、
ファンタジーの世界で可愛い系のキャラが着てそうな可愛らしいお洋服が何着かあったのだ。
随分と良い布で作られたものなのだが...
まぁ貰い物とかだろう。
にしても本当に可愛いな、今の俺の顔にピッタリじゃないか。
これは俺も村でモテモテになるな。
俺はそんな能天気なお花畑の頭をしながら、村へと出向いたのであった...
・
「おぉ~!すっげぇ~」
目の前には煌びやかに着飾った女の人や、威勢よく客を呼び込む旦那さんに、
店頭に並ぶ骨董品。
その光景は正に俺が漫画で見た風景そのものだった。
王都、ロイバン。
主人公が勇者になるきっかけを作った、所謂「始まりの地」ってやつだ。
だが俺は違う。
下手に動かず、下手に騒がず、ここを始まりとし、終わりの地とするのだぁ!
まぁ実際主人公枠に入れるようなステータスなど持ち合わせていないから
きっとストーリーに大きく関わる事などないだろう...
俺は、ただただ主人公たちの成長を見届けれるだけで本望なんだよぉ...
そんな事を都の中央で一人悶絶しながら考えていると、不意に良い匂いが横を通り過ぎ去った。
それはお菓子とかご飯とかの良い匂いではなく、
前世で嗅ぐ事など片手で数えるほどしか無い、花のような匂いだった。
美女の気配を察知した俺は本能なのか何なのか、凄まじい勢いで振り返る。
すると、そこにいたのはふわふわとした長い黒髪の子と、ついさっき見た金髪の子だった。
リタとアンだ。
「や、やっぱり無理だよ、私みたいな弱いのがパーティーに入るなんて...」
「でも、ずっと夢だったんでしょ?」
「う、う~~...」
如何やらリタがお困りのようだ。
つまりもうすぐリタは大きな決断をする事になるんだな...
「リタ、頑張れ...!」
小さく俺はそう呟き、職を見つける為その場を後にした。
「あれ...?」
「どうしたの、リタ?」
「今私の名前が聞こえた気がしたんだけど...」