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第四話 氷蝕のグラジオラス

 ギルドから追放されたグラジオラスは、特に行く当てもなく街をフラフラと彷徨っていた。

 いつもはメンバーの誰か、あるいは全員で買い出しに来ていた市場も、一人で歩きながら見ていると彩りに欠けているように映った。


「追放されちまった……どうすっかな、これから」


 弱くなったから解雇された。

 それは急過ぎるという点を除けば、至極真っ当な理由であろう。

 戦力にならないから戦力外通告をされただけ。


 ――と、考えられるのが通常のギルドにおける力量から判断された場合の追放だ。

 だが、彼女らが戦力がどうこうでグラジオラスを追放するわけがない。

 そんなことは彼が一番よくわかっていた。


「余計なことばっか考えちまう」


 嘆息混じりに呟き、ベンチに腰掛ける。


 その言葉の通り、今の彼は考え過ぎていた。

 だからこそ、いつもの実力が発揮できないでいたのだ。


 とは言うものの、彼自身もどうすればいいのかが分からないでいた。


「そういえば……みんなに初めて会った頃ってどんな感じだったんだっけかな、俺」


 彼は目を閉じ、過去に答えを探るように思い起こす。

 こんな時でもないと、昔のことなんて思い出そうと思えなかった。



 グラジオラスが追放される日より、ざっと数えて三年前。

 彼は別のギルドに在籍していた。


 何不自由ないギルド生活を送っていたはずの彼であったが、突如として脱退。

 次に籍を置くギルドを探すために、オークション式のギルド紹介所に出演していた


 並みの人間はまずこの紹介所に出演することすらできない。

 ここで斡旋(あっせん)される者は、みな名のある傑物のみ。

 世に知れた力を持つ者がその実力を最上級ギルドの眼前で惜しみなく披露し、桁違いの金額で契約を勝ち取る場なのだ。


 この日も数人の猛者が出演、有力ギルドと契約を交わしていった。


 だがそれはまだ余興である。

 目の肥えたギルドの長は、今か今かとその瞬間を待っていた。


「それでは今回の真打(しんうち)! 『氷蝕(ひょうしょく)のグラジオラス』の登場だァっ!!」


 派手なスーツに身を包んだ司会の男は高らかに声を響かせる。


「ウォオおおおお!!!」


 会場の熱気はピークに達する。

 小太りした男は金をぐしゃりと握りしめ、大粒の宝石をあしらったアクセサリーを全身に巻き付けたマダムは鼻息を荒くする。


 それほどまでに『氷蝕のグラジオラス』の名は世に轟いていた。


「イオイオ、来たよ! お目当ての勇者さまが」


 モチはイオーネの手を引っ張り、目を輝かせる。


 演出用の煙に包まれた舞台の奥に立つシルエットは、徐々に鮮明になっていく。

 彼の姿が現れた瞬間、それまで興奮に溢れていた会場を張り詰めた緊張感が満たした。


 この地では珍しい黒髪に、銀と青が混じったような瞳。

 その端正な顔立ちは、場にいる者は老若男女問わず息を呑むほどのものであった。


「あれが……『氷蝕のグラジオラス』」


 イオーネもまた、その存在に強く惹かれる何かを感じる。

 その無機質で神秘的な容貌は、まさに名の通り。

 岩肌を削りとる氷河のような絶対的な冷たさを感じさせた。


 少し出遅れたティーガンも合流し、同じように彼を眺めながらぼやいた。


「あの最大手ギルド『モロトフ』のメンバーに抜擢されてたっていうのに……不思議よねぇ、移籍するなんて」


 一線級の者だけが所属できるギルド『モロトフ』。

 それが今までグラジオラスが所属していたギルドである。

 最上級の依頼を卒なくこなし、大量の報奨金を獲得していた。

 高待遇なギルドとしても名が知られており、生涯を通して安泰ここに極まれりといったようなものであった。

 冒険者であるならだれもが夢見る到達点、それが()のギルドなのである。


 無論、悪辣な噂や内部での揉め事の話も出回っていない。


 普通であれば脱退するなど到底ありえない話。

 そのはずが、グラジオラスは脱退した。

 色々な憶測は出回ってはいたものの、どれも眉唾物である。


「まぁ内部の事情なんて知ったこっちゃないわ。なんとしてでも契約を勝ち取るわよ」


「だね。弱小ギルドから中堅ぐらいに……いやもっと上に行けるかもしんないし」


 彼女らのギルド『ストーリー』は当時は下から数えると早いような弱小ギルドであった。

 そもそも三人しか在籍していない時点で戦力に乏しすぎる。

 近所の仲良し三人組で楽しいことをモットーに結成したのだから、無理もない。


 しかし楽しいだけではギルドは成り立たない。

 拠点として使うギルドハウスには勿論家賃が発生する。

 クエストの為の装備や遠征費なども支給されるか否かは状況で変わるため、自分たちで賄う必要があるケースも多い。

『ストーリー』のような弱小ギルドならなおのことだ。


 それらのっぴきならない事情もあり、彼女たちはギルドに期待の四人目を迎えるべくこのギルド紹介所に足を運んできたのだ。


 しかしながら正直に言ってしまえば、『ストーリー』はこの場には相応しくない。

 実に場違いである。


 だが、それでもイオーネには不確かだが勝算があった。

 それは彼の様子を見て、確信へと変わった。


 グラジオラスの姿に魅入られる者たちを目覚めさせるかのように、司会の男は手を叩き叫んだ。


「それでは早速、お手前を拝見するとしましょう! 出でよ、大賢者謹製! 超ゴーレムくん!」


 彼の言葉に合わせ、会場が縦に揺らぐ。

 するとステージ前方の地面に魔法陣が浮かび上がった。


 誰しもが驚くはずの場面ではあるが、そこは一流ギルドに所属する者たち。

 大袈裟にたじろぐ素振りを見せない。


「グォおおおおおおん!!!」


 この場の空気を揺らすような咆哮が轟くと、魔法陣のあった地面を中心として巨大なゴーレムが出現した。

 体長は約十五から二十メートルほどであり、手足や顔はそれぞれ獅子や狼などの部位で構成されている。

 それは俗に言うキメラのようなものであり、あらゆる生物や魔物を掛け合わせた産物であろうことが見て取れる。

 超ゴーレムなどというふざけたような名前に似つかわしくない、気味の悪さと威圧感を兼ね備えている。


 各ギルドの者たちもその光景に興味津々な様子である。

 上位のギルドであってもこのようなものとは中々縁がない。

 魔物のような自然発生的な存在ではなく、人工的に生み出された存在だからである。


 ここには確かに大手のギルドばかりが集まってはいたが、イオーネたちのような弱小ギルドの者でも立ち入ることはできる。

 それ故に、観光気分でやってくる未熟な冒険者もまた散見されていた。


「なーんだ? あのデカいだけで弱そうなのは」


 どうにも怖いもの見たさでやってきたような冒険者が、つい虚栄心から啖呵を切る。


 その言葉を司会の男は聞き逃さなかった。


「おやおや、お客様。見た目だけに気を取られてはいけませんよ? 先ほども申し上げました通り、大賢者が心を込めて創造した逸品。疑わしいのであれば、どうぞお試しあれ」


 彼は手をゴーレムの方へ向け、男に挑戦を促す。


「おうそうかよ、そんじゃやってやんぜ!」


 まんまと都合のいいゴーレムの力の証明係として選ばれてしまったのにも関わらずに、男は腕まくりをして立ち向かっていった。


 それを見ていたイオーネとモチはため息を吐いた。


「うわ、バカみたい」


 イオーネはそう呟き、眉間にしわを寄せる。

 ゴーレムに立ち向かっていった男は未熟な冒険者ではあったが、実力の無い者というわけでもなく寧ろ経験の浅さに比べて力は誇ることのできるレベルである。

 だからこその慢心であり、虚栄。


 この手合いはイオーネが最も唾棄するタイプであった。


 男は一緒に来ていたギルドのメンバーに強化魔法をかけてもらい、ゴーレムに斬りこんでいく。


「でりゃあああああ!!」


 彼の刃はゴーレムの腹に突き刺さる。


 肉を抉る感覚に手ごたえを感じたのか、男はニヤリと笑みを浮かべた。


 だが――


「グォおおおおおおん!!」


 地面から出現したときと同じような咆哮を轟かせると、腹に突き刺さっていた剣が押し戻された。


「な、ちょっ! ……ってなんでぇえええええ!?」


 そして、男はゴーレムに掴まれ、遥か彼方へと投げ飛ばされた。


「あーお客様、星になってしまいましたか。ま、後で回収しますのでお気になさらず」


 司会の男は満足げに笑いながら彼の消えた空へ手を振った。


「さて何はともあれ、皆さんにこのゴーレムの力を知っていただけました。なんと、このゴーレムはおおよそ上級の魔物数十匹に匹敵する火力と耐久力を誇るのです!」


 あのゴーレムは間違いなく手加減をしていた。

 もっと言えばゴーレムを創った者による操作である。


 火力のほどは未だに未知数ではあるものの、腹部に剣を突き刺されても跳ね返して無傷であるあたり、相当の耐久性は見て取れる。

 攻撃面より防御面に優れた存在を打ち負かさなければならない方が難易度自体は高く、見ている側にとってもわかりやすい強さの指標となるだろう。


 目玉のグラジオラスの力を証明するには絶好の相手である。


「それではミスター・グラジオラス、準備の方はよろしいですかな?」


「あぁ」


 グラジオラスは一言だけを返す。


「それではバトルスタァアアアト!!!」


「グォおおおおおおん!!」


 司会の男の開始の合図に合わせ、ゴーレムは今日一番の咆哮を上げる。

 それは会場に居合わせたギルドの者たち全てにも伝わった。

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