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第二話 スランプ

 時は少しばかり遡り、彼らのギルド『ストーリー』は巨大な魔物の討伐依頼を受けていた。

 相対した巨大な雌牛の姿をした魔物は、確かに強敵ではあるが敵わない相手ではない。

 それぞれが果たすべき役割を果たし、着実に魔物の力を削いでいった。


 あと少しで息の根を止められる。

 皆が力を発揮し、そう確信していた反面でパーティの中で一人だけどうも本調子ではない者がいた。


「すみませんティーガンさん、回復お願いします」


「はーい、任せて~!」


 ティーガンがグラジオラスに回復魔法をかける。

 彼女はじわじわと治っていく彼の傷を見て安心する一方で、この光景は今までに見てきたことがなかった事実に気が付いた。


 グラジオラスはこれまで、回復が必要なほどの傷を敵から受けたことがない。

 だというのに、今回は出血の伴うよな傷を受けたのだ。


 ここ数戦の彼の動きが少々ぎこちなく負傷しがちなのは、ヒーラーであるティーガンはよく知っていた。

 だからこそ彼女はグラジオラスのことを案じていたのだ。


 彼が回復を受けている(かたわ)らで、イオーネはモチと連携し防戦していた。


「モチ! 一気に畳みかけるわよ!」


「あいよー」


 モチはティーガンと同じ魔法使いであるが、使う魔法の種類が異なっている。

 ティーガンの魔法が回復系統なのに対し、モチのものは敵や味方のステータスを操作する補助系統の魔法であった。


 その点でサブアタッカーというポジションでやや攻撃力に欠けるイオーネに火力の支援を行うことで、メインアタッカーであるグラジオラスとの火力バランスを補っていた。


「行くわよ、グラジオラス!」


 回復が終わったことを見計らって彼に声をかける。


「……あぁ」


 グラジオラスはらしくない表情で立ち上がり、前線に戻った。


 彼の様子がおかしいことをイオーネも気が付いていたが、今はどうすることもできない。

 彼女はタイミングを合わせるように、魔物の頭上へ飛び上がった。


 その動きに合わせ、グラジオラスも飛び上がる。


「せやぁああああァアア!!」


 イオーネの刃は魔物の側頭を捉えた。

 だが――


「しまったッ……」


 何故かイオーネの動きを凝視していたためにワンテンポ、あるいはそれ以上に遅れて攻撃をしてしまったグラジオラスは、魔物に気取られてしまう。

 既に側頭に打撃を受け憤怒した魔物は、その怒りの矛先を彼に向けた。


「くッ……!?」


 巨大な拳が彼の左腕を捉えた。

 めしめしと残酷な音を立て、肉体が悲鳴を上げる。


 それでもなお魔物の怒りは収まらず、続けて彼の頭を粉砕せんと腕に力をありったけ込めて振り上げる。


「グラジオラス!」


 間一髪のところで、イオーネが魔物の腕を足場にして彼の元へ辿り着き、覆いかぶさるような形で転げ落ちる。

 彼女は落下し岩や石にぶつけられていようと、彼を離すことなく包み込んで守り抜いた。


 地面にぐったりと倒れた彼らの元に、ティーガンとモチが駆け寄る。


「ごめん……」


 腕が半ば機能せずに左目の付近も負傷し目が開けられない。

 それでもグラジオラスは謝罪の言葉だけを口にした。


 幸いにもイオーネの方は大した怪我もない様ですぐに身体を起こし、両腕でグラジオラスの身体を支えていた。


「そんなのいいから! ティーガンさん、回復してあげて」


 必死の形相で彼女は叫んだ。


「グラくん! 今治してあげるからね……」


 ティーガンは持てる全ての魔力を彼に注ぎ込み、急速に身体の状態を回復させていく。


「すみません……」


 徐々に意識を持ち直すグラジオラス。

 彼の言葉に、ティーガンはただ首を横に振るだけだった。


 その間にも魔物の怒りは鎮まることはなく、彼らを目掛けて突進しようと地に着けた極太の脚に力を込める。

 グラジオラスが回復しているのを見届けたイオーネは、魔物の元へ舞い戻る。


 横になりティーガンに治療されているグラジオラスの目には、懸命に戦うイオーネの姿がはっきりと映っていた。

 上体を起こし、モチに声をかけようとする。


 それに気が付いたのか、彼女の方からやってきた。


「しょうがないから、あたしがとっておきのバフかけてあげるーえいえい。ほれ、これで行ってきなー」


 いつもはイオーネだけにかける補助魔法をグラジオラスにかける。

 本来ならば必要ない支援が今の彼には必要だった。


「モチちゃん、ごめん」


 グラジオラスは回復したての身体を叩き、イオーネの戦う前線まで走って加勢に向かう。


 その後姿をティーガンとモチは寂し気に見つめていた。


「なーんで謝んのかな」


「グラくん今スランプみたいね……」


 今まで一度も見せたことないグラジオラスのスランプ。

 誰にでも起こりうるものであり、それは仕方のないことである。

 だが、それを今まさに経験している本人は苦しく、また周囲の人間にとっても苦しいものなのだ。


 メインアタッカーありきのサブアタッカーであるイオーネは、当然のことながら苦戦していた。

 お世辞にも強いとは言えない彼女の戦闘能力では、巨大な魔物の攻撃を一撃一撃なんとかいなしていくことで精一杯だ。


 そしてこの一撃がまたなんとも重い。

 巨躯から振り出される大出力の攻撃は、それに少し触れるだけでも体力を奪っていった。

 既に日頃はすることもないグラジオラスのカバーに追われ、ティーガンから間に合わせの回復すら受ける余裕のなかった彼女の疲労はピークに達していた。


「はッ……!」


 彼女の疲労の隙を見て、図体の割に妙に頭の切れる魔物は常時使用していた腕ではなく、攻撃には些か不向きであろうずんぐりとした脚を振り上げて、イオーネに迫った。


 魔物の脚が空気を鈍く裂く音が木霊するなかに、彼の声が響く。


「イオーネ!!」


 グラジオラスはそう叫ぶと、握りしめていた剣は氷に覆われた。

 剣身から漏れ出す冷気は勢いよく地面を滑り、魔物の振り上げた逆の脚に纏わりつく。


 すると、そこから魔物の脚は瞬間的に凍りだし動けなくなるった。

 体勢を保てなくなった魔物は、どうすることもできずにイオーネを踏み潰すために振り上げた脚をやむを得ず下ろす。


 ドシン、と地面に叩きつけられた脚の音が周囲の空気を揺らす。


 それが最期、魔物の眼前には魔物以上に恐ろしい眼をした男が迫っていた。


「砕けろ」


 そう呟くとグラジオラスは頭から魔物を読んで字のごとく、一刀両断した。

 左右に分かたれた巨大な肉片は地面に落ち、煙を吐きながらシュウシュウと音を立てて徐々に空へ消えていく。


 舞い上がる死の光を眺める彼の眼は、やはり今までにイオーネ達に見せてきたものとは似ても似つかないものであった。


 イオーネは疲れで座り込んだまま、グラジオラスの後姿を見ていたが、彼の様子の変化に気が付いたのか後ろから声をかける。


「ふぅ……なんとかなったわねぇ……はあぁ、疲れた……って!」


 これを掴んで立てと言いたげに、グラジオラスは魔物を斬り裂いた剣を持っていた逆の手である左手を差し出す。


「立てる?」


「立てる……けど。一応」


 彼の言葉に戸惑いながらも、イオーネは手を優しく取った。


「怪我してるな……ごめん。俺がもっと上手くやれていたら」


 そうグラジオラスが口にすると、イオーネはほんの少しだけ握っていた手の力を強める。


「なんでアンタが謝んのよ! 怪我なんてどうってことないわ、こんなの魔法で一瞬で治っちゃうんだから」


「そうねぇ~それ!」


 やってきたティーガンの魔法によって、イオーネの傷は治癒された。

 それでも未だにグラジオラスの表情は変わらなかった。


「ありがと、ティーガンさん」


 そうイオーネに言われるとティーガンは微笑み、同時に繋がれている手をまじまじと見つめた。

 イオーネは視線にハッとし、そっと手を離す。


 初々しい彼女をよそに、モチが今回のクエストの依頼状を携えお腹をさすりながら近づいてくる。


「ねぇねぇ、こりゃ結構報酬貰えそうだねぇ。どっかお店にご飯食べに行こうよ~頑張ったらお腹空いちゃった~」


 よだれを垂らしながら、あれやこれやと夢想にふけるモチ。


「いいわねぇ! うーん何食べようかしら……かなり大物だったし報酬もたんまりゲットできたはず! 好きなもの食べ放題ね!」


 依頼状に記載されている金額にイオーネは心を躍らせている。


「うふふ、そうね。ねぇ、グラくんは何が――」


 ティーガンはグラジオラスにも意見を聞こうと彼に声をかけるが、彼は後ろ向いて去ろうとしていた。


「俺はいいや、三人で楽しんできてくれ」


 グラジオラスはそう言うと、荷物を持って姿を消した。


「楽しんで、って……楽しめるわけないでしょバカ……」


 先ほどまで握っていた手をギュッと握りしめ、イオーネは目を伏せた。


「ありゃー相当落ち込んじゃってるねぇ」


 モチは垂れていたよだれを拭う。


「グラくん……心配だし私、こっそり付いていこうかしら」


「あー! ダメダメ、一人の時間も大事だと思うよ~」


 じっとしていられなくなったティーガンを、モチが引き留める。


「そう……ねぇ」


 ティーガンは両手を胸の前で組み、祈るような仕草を見せた。


 本来であれば勝利によって熱く盛り上がっているはずの空気は、すっかり湿っぽくなってしまった。


「ふーん……どっかでパーッとって気分でもなくなっちゃたし、んじゃあたしの家で女子会でもしよう」


「えぇ」


 イオーネとティーガンはモチの提案に賛同を示す。

 魔物のいなくなった戦跡はいつにも増して寂寥(せきりょう)感に溢れていた。

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