廃墟群
遊園地を抜け、海へ向かう。遠くに見えている島が私たちの目的地だ。
海に足を踏み入れる。足は沈まない。踏みしめた感触はあのエレベーターと同じ、浮遊感にも似た柔らかさ。私たちは水面の上を歩いていく。
雨に打たれる海から磯の香りがすることはない。これが海ではないからだ。この街は、うすぼんやりとした雨の匂いが染みついている。
島が近づいてくる。コンクリートの建物がいくつも連なっているが、そこに人の営みは感じられない。灰色の朽ちた瓦礫がそれを物語っている。
私たちは島に上がる。ここに来る観光客はほとんどいない。海を渡るという発想がないからだ。誰もいない廃墟群の中を私たちは歩く。
観光用に舗装された道を一歩踏み外せば、そこは瓦礫の山だ。
鉄筋コンクリートでできた集合住宅の壁面が崩れ落ちている。鉄から漏れ出した錆が雨を伝い、建物に広がる。コンクリートで固められたそこに、緑が宿ることはない。
無機質な色と質感が支配する島は、どこか墓場のようで、私たちの会話は減っていく。
かつて住居だったものは、雨に打たれ、崩れ落ち、もはや、鉄筋がむき出しになっている。それは滅びの具現であり、彼を思わせた。
前を歩く彼のレインコートから、その指先が僅かに覗く。それは灰の色をしている。人の柔らかなそれとは違う、あまりに異様な姿だ。指先から、細かな粒が零れ落ち、その下の白い骨を感じさせた。
松明の火は彼の願いを叶える。その代償に、彼の身体を焼いていく。最後はむき出しの白骨となるのだろう。
あの時と同じように、私の心は乱れた。
一度だけ、別れ話をしたことがある。彼と旅行に出かけた時のことだ。
話を振ったのは私だ。彼が恐ろしくなったのだ。
私へのプレゼントのために、体調を崩すまで仕事を増やしていた。家族との約束を取り消してでも、私を優先した。
そして、私とともにあるために、その夢まで諦めてしまった。彼との旅行に浮かれていた私に、友人が教えてくれた。
どこかで知っていた。あれほど目を輝かせ、夢を語っていた彼が、いつからかその話題を口にすることがなくなった。私はあえて触れなかった。
予約していた廃墟群へのツアーに私たちは一言も交わさず参加する。目的地へ向かうフェリーの中で、その成り立ちを聞いた。人間の都合で作られ、人間の都合で捨てられた島の話を私は黙って聞いていた。そして、島に降り立つ。
人間のためにすべてを捧げ滅びゆく建物と、私にすべてを捧げ失っていく彼を重ねた。このままだと、彼はすべてをなくしてしまう。たまらなく恐ろしかった。
だが、何より恐ろしかったのは、彼が私にすべてを捧げてくれることを、どこかで喜んでいる私自身だった。彼の一番であることに、私は陶酔に似た幸福を覚えていた。
結局、私たちが別れることはなかった。
私は恐怖より、喜びを取ったのだ。