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不器用な姉さんと万華鏡

作者: こめぴ

 三つ上の姉と、気がついた時には話さなくなっていた。


 別に嫌いになったわけじゃない。年が大きく離れているわけでもないし、俺と姉さんは大きくなっても仲が良い方だった。


 ただ、間が悪かっただけ。


 今姉さんは大学生。俺はといえば高三で、大学受験真っ只中。お互いバイトや塾で家にいたりいなかったりだったし、二人家にいても俺は部屋にこもって勉強ばかりしてたし。


 だから自然と言葉を交わす回数はどんどん減っていって。それどころか姿を見ることすらまちまちになり始めて。


 気がつけばそれが当たり前になっていた。


 珍しく姉さんの姿を見たのは、別に特別なことなんて何もない夏の平日、カラスの鳴き声が際立つ夕方のことだった。


「ただいまー……って、あれ」


 汗をぬぐいながら扉をくぐり廊下を通り、リビングに入ったところで姉さんの姿を見つけた。


 Tシャツに短パンと、かなりの薄着でリビング中央のソファに腰掛けている。かなり脱力した様子で背もたれに身を預けていた。やけに汗をかいているのは冷房をつけてないからか。


「…………」


 久しぶりに見たからと言って、何か話すことがあるわけじゃない。それになんだか気恥ずかしいし。

 いつも通りそのまま自分の部屋に行こうとしたところで、ふと足を止めた。姉さんが何か見慣れないものを持っていたから。


 ぱっと見は小さな筒。それで天井を覗くようにして上を見上げている。ピクリとも動かないけど、それがなんなのか少し気になって。


「姉さん、何見てるの?」


 平静を装ったつもりの声は、少しこわばっていた。久しぶりだからか、緊張してすこし胸が苦しい。

 すぐに返答はなかった。少しの沈黙。何か言おうと息を吸ったとき、それに被せるように姉さんが口を開いた。


「万華鏡」

「万華鏡?」

「うん。部屋の掃除してたら見つけてね」

「へえ」


 俺はついほっと息を吐いた。うん、別に変な感じにはなってない。ちゃんと会話できてる。姉さんは相変わらず天井見たままで視線はあってないけど。


「そんなもの、うちにあったっけ」

「……忘れたの?」

「え?」

「ううん、なんでもない」


 と思えばこれだ。少し空気が硬くなった気がした。何か大切なものだったっけ。記憶を辿っても、特に思い当たるものもない。

 万華鏡を改めて見てみても、これときって思い出せなかった。強いて言うなら、売ってるものじゃなくて、手作りのものというくらいか。


 なんと言おう。頭を巡らせていると、「でもさ」と姉さんが口を開いた。


「なんにも見えないんだよね」

「え? なんにも?」

「うん、ほら」


 相変わらず上を見たまま、姉さんが万華鏡を渡してきた。手にとってのぞいてみるけど、確かに何も見えない。というか、向こう側が見える。


「あれ? これ、ビーズとかのやつなくなってるじゃん」

「そうなんだよね。見つけた時にはもうなかった」

「そうなんだよねって……なら見えないよ、そりゃ」


 よくわからなくて、とりあえずため息を漏らし姉さんに万華鏡を返す。

 姉さんはそれを何考えてるかわからない顔のまま、うーんと眺めると、なぜかまた万華鏡を覗いて。


「……そうだよね」


 小さく、そうこぼした。



 その日を境に姉さんを見かけることが多くなった。

 俺が家に帰ると姉さんはいつも同じ場所にいる。リビング中央のソファにもたれかかったまま上を見上げ、壊れた万華鏡を覗いているのだ。

 毎日、毎日。それこそ、執念すら感じるくらいに。


 姉さんってこんな人だったっけ。少し怖くなったりもした。



「姉さんってさ、なんかあったの?」


 俺と母さん二人での夕食時。俺は恐る恐る母さんにそう尋ねた。

 父さんは仕事らしくまだ帰ってきていない。姉さんはお腹が空いていないらしく、夕食を食べずに自分の部屋に行ってしまった。


 俺の質問を受けた母さんは口に箸で米を運ぶのを止め、ポカンとした顔をする。


「なんかって?」

「いや……こう、なんか、悩み? とか?」

「なんであんたが疑問形なのよ」

「いや、俺もよくわからなくて……。母さんなら、何か知ってるかなって」


 母さんは俺と比べれば姉さんと関わっているはずだ。別に俺と姉さんのタイミングが合わないだけで、家族不仲になった分けじゃない。

 でも当ては外れたらしい。母さんはすこししかめ面をして首を傾げるだけだった。


「別に普通よ?」

「嘘でしょ」

「お姉ちゃん、いつも通りじゃない」

「そんなことないよ」


 一周回ってあれは気味が悪い。そう言いそうになったのを、味噌汁と一緒に飲み込んだ。

 いやいや、もともと姉さんはすこしとぼけたというか子供っぽいところがあったけど、あれはおかしい。あんな不思議ちゃんじゃなかったはずだ。

 もしかして、あの万華鏡を眺めてるお姉ちゃんのこと知らないのかもしれない。


「姉さんが万華鏡ばっか見てるの、知らない?」

「そうなの? 知らなかったわ」

「やっぱり……ていうか、あの万華鏡何? あんなのあったっけ」

「何言ってるの、あんたは」


 すると今度は呆れた顔をされた。

 なんだろう、俺が関わってるのかな。姉さんもなんか引っかかること言ってたし。


「あんたとお姉ちゃんで一緒に作ったんじゃない」

「……あ」


 言われてようやく思い出した。

 そうだ、確か三、四年くらい前、俺と姉さんがスマホを持った頃。そればっかしてるって母さんに取り上げられて、二人して暇を持て余したから、たまたまあった万華鏡作成キットで作ったんだ。

 思えば、二人で何かをしたのはあれが最後な気がする。


「私はなんとなくお姉ちゃんが何言いたいかわかるけどね」

「…………」

「お姉ちゃん、恥ずかしがり屋さんだから」


 きっと姉さんはたまたま見つけて、でも壊れてて。何かを待つように、毎度それを眺めて。

 なんだか、不意に胸がちくりとする。


 俺は何かに背中を押されるようにご飯をかき込み。


「ごちそうさま」


 早口にそう言って、姉さんの部屋に向かった。





 姉さんと俺の部屋は2階にあって、隣同士になっている。

 姉さんの扉の前に立って、数回ノック。数秒立って、「いいよ」と扉越しに声が聞こえてきた。


「入るね」


 姉さんの部屋は前と何も変わっていなかった。

 姉さんはベッドに腰掛けて、スマホをいじっていた。俺の方は見てくれない。


「どうしたの?」

「あー……えーと……」


 なんていったものか。言葉を探るのと同時に視線もさまよってしまって、隅のテーブルの上にそれを見つけた。


 壊れた万華鏡。


「その、万華鏡さ……」

「――っ! う、うん……」

「その……」


 なんだろう、変に気恥ずかしい。そのせいか次の言葉が出なくて、嫌な沈黙がジリジリと神経を撫でてくる。


 ……まあ、でも。

 仲良くしたいのは、俺も一緒だし。

 別に嫌いだから話さなくなったわけじゃないし。


 小さく息を吸って、そして吐いて。


「また……作ろうよ」

「……!」


 そう言うと、やっと姉さんの目がこちらを向いた。

 パッチリとした瞳がはっきりと俺に向けられて。


「うん……!」


 姉さんは嬉しそうに微笑んだ。


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