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インター・フォン  作者: ゆずさくら
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05




 俺は家の前で立ち止まり、ゆっくりと周囲を回りながら確認した。

 外から誰かに入られた様子はない。

 セキュリティとして完璧という感じではないが、外から強引に家に入れば人目に付くだろう。

 人目につかない側は、きっちり窓も閉まっている。

 俺は玄関に回り、なるべく音を立てないように鍵を開けた。扉も音を立てないように開けて、閉める。

 ダイニング・キッチンに行って、小麦粉の袋と、目の細かいざるを手に取った。

 粉を撒きながら移動すれば、俺以外の誰かが移動すれば足跡が残る、と思ったのだ。

 ダイニング・キッチンに一通り粉を撒いたら、居間、居間を回って階段を上り、自分と妻の部屋に入る。

 誰もいない。物音もしない。

 ただ、今までずっと気が付かないほどの相手だ。何か特別な居場所、方法があるのかもしれない。

 俺は警戒しながら、二階に粉をふって歩き回る。樹の部屋、沙耶の部屋。誰もない。

 二階は自分の足跡以外ない。もう一度、階段に粉をふりながら降りていく。

 一階にふった粉に足跡は残っていない。

 つまり、誰もいない。

 残るは、トイレと…… 風呂場。

 俺は自分の足跡を消しながら、トイレへ向かう。

 恐怖に少し顔が引きつったように感じる。

 誰かいたら、思いっきり扉を戻せば何とかなる。

 俺は小麦粉とざるを置いて、トイレのドアに手を掛ける。

 グイッと引いて中を見る。

 ……誰も……

 誰も…… いない。

 俺はゆっくり扉を閉めて、小麦粉とざるを持ち直す。

 最後の部屋は風呂場しかない。

 これで誰もいなかったら……

 誰が動画を撮った? 誰がインターフォンを鳴らしている?

 俺は移動しながら、粉を振り直し、風呂場の前についた。

 風呂場につながる曇りガラスの扉はガムテープで目張りしていて、扉の取っ手を覆うように『使用禁止』と貼り紙をしている。

 自分の字だ。故障してお湯も出ない…… はず。誰が確認したんだっけ。俺が書いたに間違いはないが、貼った記憶とか何が故障しているのかとか、どこの業者を呼ぼうとしていたのか。

 これらを俺がやったのではなく、もう一人の家に潜む人間がやっているとしたら。

 もうここを開けるしか残っていない。

 しかし、足が動かない。

 震えている。

 勝手に頭の中の血が抜けてくように、目の前が白くかすんでいく。

 何があるんだ、この先に…… 何が……




 朝、俺は台所でお湯を出し、お湯につけたタオルを絞って体を拭いた。

 髪は少々脂っぽかったが、髪形を整えるにはちょうどいい感じだった。

 ワイシャツを着て、スーツに着替えると会社に出かけることにした。

 今日も体中がだるい。疲れだけではなく、筋肉痛がひどくなっているように思える。

 同じ朝が繰り返されているような感じだ。

 目が覚めた時、俺は居間のソファーで寝ていた。

 そして、床にまき散らしていた小麦粉がきれいに片付けられていて、ふき取った紙などをまとめたごみ袋が一つ、台所に置いてあった。

 風呂場。

 あそこで気を失ったのだ。

 誰かが俺を運んだ? 誰かが床を掃除した? どこにも部屋のどこにもいないのに? それとも誰かが外から入ってきた?

 疑問符だけで、いずれも大前提が間違っている気がする。

 誰もいないのだ。

 どす黒く、重い霧のようなもので覆われた先から、足を引きずりながら人が出てくる。

 そして俺の知らない何かを実行すると、またそのどす黒い、気味が悪くて重たい霧の中に帰っていく。

 そいつがいる時には、俺が替わりにそのどす黒い霧の中に……


 俺はスーツで通勤電車に乗りスマフォを見ていた。

 画面の端から通知が現れ、来客があることが分かった。

 会社に電話を入れ、会社を休むことを告げた。

 途中の駅で一度改札を出てUターンする。

 快晴で、暑くも寒くもない。気持ちのいい天気だった。

 逆方向の電車は空いていて、左右を空けても座席に座ることが出来た。

 インターフォンの画像から、俺はお金が無くなって妻が人の金をとったとか、長男の樹が学校で暴力をふるったのかとか、娘が悪い仲間とヤバイ薬でもやったのか、などと様々なことを想像した。

 しかし、何故家のインターフォンを鳴らすのだろう。家族を逮捕したなら、拘留している警察署から電話がかかってくるのではないか。

 そうだ。何故電話してこない?

 俺は駅に着くと、自宅へ歩いた。


 自宅に近づくと、警官や救急車の回転灯が目に入った。通りが一部規制されていて家に近づけない。

 俺は回り込みながら、規制線の外で様子を見ている人に声を掛けた。

「何があったんです?」

「……」

 声を掛けても反応がなかったので、肩を叩いた。

 振り返った人は、近所に住む顔見知りの女性だった。

「キャー」

 突然、叫び声を上げて、しりもちをついてしまう。

 俺が手を差し伸べると、拒否するように後ずさりする。

 規制線を見ていた制服の警察官がやってきて聞く。

「どうしました」

 警察官の手にすがるようにして立ち上がると、俺を指さした。

「あの、あれ、林、林さん!」

 俺はあっという間に警察官に囲まれ、規制線の中に入れられた。

 家の近くにくると、門の前の道路にチョークで丸が三つ描かれていた。

「何があったんですか?」

 立ち止まらず、そのまま家の中へと移動していく。

「何があったかって? お前何を……」

 スーツの警察官が、割り込んできて、口に指を立てて言葉を遮った。

「何もご存じないのですか?」

「ええ」

 俺は正直に答えた。

「インターフォンを押すと、スマフォに通知が来るんですよ。制服の警察官のかただったので、ちょっとびっくりし家に戻ってきただけです」

 スーツの警察官は何かを書きとってから、

「お宅の前にごみ袋に入ったご家族の遺体が置かれていました」

 俺は、門の方を振り返った。

 朝と同じように、どす黒くて重い霧が立ち込めて、何者かが現れた。




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