02
それからというもの会社にいる間も、誰かが家に訪問しているのではないかと気になり始めた。
家に帰ると、インターフォンの画像を確認していた。
しかし、怪しい人物の訪問や、同じようなQRコードを映したような映像は残っていなかった。
何事もない日が、何日か経つうち、俺はそのことを忘れていた。
激しい頭痛がして一日仕事を休んだ翌日は、土曜日で仕事は休みだった。
お腹が減って何か食べようと、一階に降りてきたとき、ちょうどインターフォンが鳴った。
インターフォンの親機の画面に、門柱にあるインターフォンのカメラ画像が映し出される。
俺は忘れていたことが急に頭の中で再生された。慌てて玄関に向かい、上着を身に着けて扉を開けた。
「!」
不意を突いたのか、インターフォンの前に立っていた人影は慌てて駆け出した。
「待て!」
俺は逃げていく人影の方を追いかけた。
しかし、普段の運動不足のせいか、慌てて履いたサンダルのせいか、十数メートルも追いかけないという間に姿を見失ってしまった。
俺は肩を落とし、トボトボと家に戻った。
玄関で待っていたかのように長男に話しかけられた。
「お父さん。お母さんはどこ?」
「出かけたよ。洋服でも買いにいったんじゃないかな」
「お腹すいた」
「ああ、ちょっとまて。金を渡すから、みんなの分も買ってこい」
長男が舌打ちしたようだったが、俺は家の奥に声を掛けた。
「沙耶、樹が昼ご飯買ってくるから、何食べたいか決めなさい」
「え~ じゃ、かつ丼買ってきて」
俺は財布を取り出して、長男に一万渡した。
長男はむっとした顔のまま買い物に出かけて行った。
玄関の鍵を締めると、居間で長女が言った。
「ママのLINE、既読つかないんだけど」
「そうか?」
「昨日からだよ。本当に買い物いったの?」
「……」
俺はそう言われて不安になった。
昨日俺が頭痛で会社を休んでいる間に、浮気相手のところへ行ってしまったのだろうか。
いや、それならさっきインターフォンを押した人物は誰だ。
「あとさ、お風呂場どうするの?」
「ああ、故障したものはしかたない。しばらくは銭湯をつかう」
「え~ 早く業者さん呼んでよ」
「連絡はしたんだが、都合がつかないらしくて」
俺はそう話しながら、インターフォンの親機に向かった。
さっきのインターフォンの映像を再生する。
サングラスとマスクで顔がはっきりしない人物が、手に持った紙を広げてカメラに向ける。
以前と同じように、黒のドットで構成されたQRコードが映っている。
俺は映像を止めて、スマフォでQRコードを読み取る。
読み取ったURLを確かめると、この前とおなじようにヨウツベのアドレスであることがわかる。
「……」
後ろからの視線を感じて振り返るが、誰もいない。
俺は唾を飲み込んでから、URLをクリックした。
専用のアプリが立ち上がり、動画が再生される。
WiFiの調子が悪いのか、映像が荒い。
近所の通りを歩いている映像から始まり、インターフォンを押し、妻の声がする。
玄関の扉が開き、妻がそのまま待っている。
カメラが妻に近づいていき、家に入った。
映像は、そこで終わってしまった。
「?」
これはどう解釈すればいいのか。これで終わり? 男は家に入ったのは間違いないが、これで浮気の証拠とは言い難い。靴を脱いで玄関を上がったかどうかまではわからない。しかし、妻は何も疑わず扉を開けて待っているということは、いつもこんなことをしていたということになる。
やはりこれは決定的な浮気の証拠になるのではないだろうか。
俺は混乱していた。
他に映像はないのか。俺はインターフォンの履歴を見直した。
この前見たばかりで、見逃しているような内容はないはずだった。
何度か操作して、この中に残っている映像はすべて見たことに納得すると、ヨウツベ側を確認した。
同じ人がアップロードしている動画は…… ない。
「わかったぞ」
そうか。俺は思い出した。この動画は、妻が気味悪がって中断した動画と同じものだ。以前は、近所の通りを歩いている段階で中断していたから、この先の映像で妻が玄関を開けている映像になるとはわからなかったのだ。
その時、突然インターフォンが鳴った。
インターフォンの目の前にいた俺は急いで応答し、画像を確認した。
「……」
『ただいま』
インターフォンに映っていたのは長男だった。長男の樹が買い物から帰ってきたのだ。
俺は玄関に行って鍵を開けた。
樹はエコバックを抱えて入ってくるといった。
「インターフォンに出るの、ずいぶん早いね。何してたの?」
樹が靴を脱ぎ、俺と二人でダイニング・キッチンへ戻りながら話をつづけた。
「いや、ちょうどインターフォンの前にいたから出たまでだ」
「インターフォンの前にいた理由は?」
「これだ」
俺は操作して、さっきのサングラスとマスクをつけた人物が残した謎のQRコードの映像を見せた。
「なにこのQRコード」
「それはこれだ」
スマフォを見せ、動画を再生した。
「あれ、これ家の近所?」
「そうだ」
俺は妻が扉を開けて待っているシーンになる前に、動画を止めた。
「気持ち悪いね」
「お前のストーカーかもしれん。気をつけろよ」
「ああ。大丈夫だよ」
沙耶を呼び、家族で食事をとった。
食事が終わり、俺は先に居間に戻ってテレビを眺めていた。
すると、食事を終えた樹がインターフォンの親機の方に向かった。
俺は特に気にせず呼び止めもしなかった。
スマフォを操作しながら、戻ってくる樹に、俺は言った。
「何見てるんだ?」
「いや、なんでもない」
樹は、そのままダイニング・キッチンの方に戻っていった。
俺は不審に思って、立ち上がってダイニング・キッチンの方に近づき、聞き耳を立てた。
すると、ダイニング・キッチンの方から樹と沙耶の会話が聞こえてきた。
『なんかおかしくね』
『何が』
『こんなに家に帰ってこないことだよ』
『樹も知ってたの、昨日からLINE既読になんないの』
『ああ。お前、女だろ。母さんのことなんか知らねぇのか』
『……』
『前、母さんが怒って出て行った時って、駅前のナツメ・ホテルに泊まってたって知っているか?』
ナツメ・ホテルだと? 俺はスマフォに素早くメモを残した。
妻はそこで浮気をしていたのか。俺の中で、前のようなどす黒い疑念が広がった。
『知らない』
『父さんには言うなよ』
『うん』
『!』
ダイニング・キッチン側の動きが変だった。
気づかれた! 俺は慌てて、テレビの近くのソファーに戻って、のけぞるぐらいに深く座った。
扉が開くと、樹が顔を出した。
「……」
樹は無言で、二階にある自分の部屋に戻っていった。
俺はホッと胸をなでおろした。
「父さん。私、ちょっと銭湯に行って、そのまま遊び行ってくる」
「そうか。わかった」
言うだけ言って、沙耶の姿は見なかったが、すぐ階段を上がっていく音がしたので、自分の部屋に戻っていったのだろう、と思った。
ナツメ・ホテル。子供たちだけが俺の知らない秘密を知っている。
見ているテレビの内容が頭に入ってこない。
なんだ、何があるというんだ。誰がこの家を崩壊させようとしているのか……
そんなことを考えながら、テレビを見ているうちに、激しい頭痛に襲われた。