迅速に動けと貴方が言ったから
「…まさか、シャルル様がねぇ、」
ロッテがカップをテーブルに置き、ポツリと呟く。私も大いに頷く。
「本当にまさか。最近姿を見ないとは思っていたけれど…。てっきりどこぞで悪巧みをしているのだとばかり。」
楽しいはずのティータイムなのに鬱屈とした溜め息が零れてしまう。
端的に言えば、婚約者は金を儲けることが好きで、得意としている。領地を富ませることに全身全霊をかけている。
だから真実の愛なんて鼻で笑っていた。時折あまりのリアリズムに寂しさを感じることもあったが、それよりもビジネスパートナーとして頼もしく感じていた。
領地は私の家の領地で、婚約者は婿養子となる予定だったのだが、私はとても頼りにしていた。自分の生まれた領地ではないにも関わらず、熱心に領地のことを考えてくれていた。デートをしていても、いつの間にか領地視察になってしまったりして呆れることもあったけれど。
「しかもよりによって、真実の愛、だなんて。本当にびっくり。」
思いの外、冷えた声音で言葉が漏れたが、ロッテに気にした様子はなかった。
「ええ、本当に。というかアイリーン、あなたなんだか他人事ねえ?」
「それがどうも実感がなくて。とりあえず両親には手紙を出したのだけど。」
「まあ早いわね、まだ昨日の今日だというのに。」
「それはまあ私の領地は遠いし早めに動き出さないと。取り返しがつかなくなってからでは遅いわ。それにシャルル様が駄目なら、次の方を見つけないといけないし。」
「あらあら、アイリーン。あなた本当に落ち着いているわね。他の方々なんてまだ放心状態らしいのに。」
そう、実はこの、婚約解消騒動というのはあちらこちらで起きている。社交界の流行りが学園にも降りてきたのだ。
まず大公家の若様がこの熱病におかされた。この学園には貴族から平民まで様々な階層の人間が通っている。大公家の若様の顔を貴族は知っているから礼を以て接するが、平民は知らない。だからこそ、平民の気安い態度に若様は大層刺激を受けたようだ。平民の女生徒と真実の愛、とやらを育んでいる。
当然若様にも婚約者はいる。伯爵家のご令嬢だ。上級貴族同士の中で揉まれたのだろう彼女は、私たち下級貴族からすると、同年代とは思えないほど洗練された方だ。ちょっとばかし付き合いづらい方でもある。この伯爵家のご令嬢は婚約解消騒ぎを上手く治められなかった。
結局大公家の若様は平民の女生徒と今も一緒にいるし、伯爵家のご令嬢は領地へ引っ込んでしまった。
また、大公家の若様のご友人方も同じような騒ぎを起こしている。その中の1人が、私の婚約者というわけだ。
大公家の若様と仲良くしていることは知っていたが、それはあくまで領地のためだとばかり思っていた。が、本当にどうやら友情を育んでいたようで、すっかり感化されたようだ。実はこの事にも驚いていたりする。
「でも、アイリーン。次の方、なんてアテはあるの?」
「まあ、一応はね。私しか跡を継げるものはいないし、シャルル様お一人にかけてしまうのはねえ。」
ロッテと話をしていると咳払いが聞こえた。
振り向くとそこにはシャルル様とシャルル様のご友人であるディック様が立っていた。シャルル様は苦虫を噛み潰したような顔をしていて、ディック様はあちゃーというような苦笑いを浮かべていた。
「なにか?」首を傾げて尋ねる。
シャルル様は眉間に皺を寄せている。
「そんな話は聞いていない。」
何のことかと首を傾げていると、「僕以外にも男がいるのか?」等と不可解なことを言い出した。言い様には困惑したが、先ほどまでロッテと話をしていたことについて言われているのだのわかった。
「そのようなおっしゃりようはあんまりですわ。男、だなんて。」
「御託はいいから、」
「もちろん、それは備え、というものですわ。現にシャルル様はいなくなってしまうわけですし…。何があってもいいように備えは怠っていませんわ。」
そう言うとシャルル様は項垂れてしまい、後ろでディック様は気の毒そうな顔をしている。「話が違う…」シャルル様はポツリとおっしゃったけれど、それはよく聞き取れなかった。