始まりはティータイム
「おやまあ」
思わず声が漏れてしまったが許してほしい。それくらいびっくりしたのだから。隣にいるロッテと思わず顔を見合わせた。最近の流行りとは聞いていたが、まさか、自分の身に降りかかるとは。
私はどうやら婚約者を見誤っていたらしい。
最近、真実の愛というものが社交界で流行っている。普通、貴族同士の結婚は政略結婚で、夫婦とは同志でありビジネスパートナーである。恋愛というものは、物語の世界であり、または暇をもて余した方々の遊戯である。あくせく働かなくても問題のない、時間のある方々だけの特権だ。
が、しかし、それが上位貴族を中心に覆りつつある。真実の愛、とやらを求めてとある高貴な方々がひと悶着を起こしたのだ。そしてそれがあっという間に広まった。
今、社交界では真実の愛に基づく結婚が流行っている。たまったもんじゃないのは、私たち下級貴族だ。一言でいえば、そんな暇はない。愛とやらで空腹は満たされないのだ。
それがどうしたことか。思わず、おやまあ、ぐらい言ってしまうというものだ。
学園のお昼休みに、お茶をしていた私の前に、婚約者が見たことのない少女の腰を抱きながら目の前に現れたりしたら。
ロッテと顔を見合わせている私に、婚約者が言う。
「すまない、アイリーン。僕は真実の愛を見つけたのだ。」
「はあ、」
「悪いとは思ってる。」
「はあ、」
「だが、僕たちは仮にも婚約者だ。情熱はなくとも親愛はあった。」
「だからきっと、アイリーンも僕を祝福してくれるだろう?」
「はあ、」
「僕が幸せになることが、アイリーン、君への償いだと思っている。」
「はあ、」
あまりのことにアホ丸出しの相づちしか打てない私をぜひ笑ってやってほしい。
「…アイリーン、何とか言ってくれないか?」
「はあ、」
そう言われても何を言えば良いのかさっぱりわからない。
ロッテをちらりと見ると、あんぐりと口をあけて驚いた様子だった。自分よりも驚いている、というか、アホ丸出しの人を見てちょっと立ち直った。
「何というか、シャルル様がそのようなことをおっしゃるとは…。シャルル様にも人の心があったようで何よりでございます。」
私がそう言うと、婚約者はこめかみをピクリとさせた。がそれも一瞬のことだった。
「アイリーン、婚約を解消してくれるね?」
「ええ、ええ。それはもちろん構いません。ですが、せっかくシャルル様とは良い縁を築けたと思っていましたのに残念ですわ。」
これは心から思っていることだ。婚約者は、なかなかどうして癖のある人物だったが、同時に頼もしくもあった。その婚約者がいなくなってしまうのだ。
婚約者は何か言いたげだったが、ちょうどお昼休みの終わりをつげる鐘がなった。それで、その場はお開きとなった。
読んでくださりありがとうございました。