テイマーさんのとある1日
「……おはようございます」
勤務先に到着した優一は満身創痍だった。
"ゴースト"との遭遇というトラブルに見舞われつつも最寄駅から電車に乗った時間はいつも通りだったものの、会社の最寄駅についてからまたトラブルに遭遇してしまったのだ。
結局会社へは走って向かう羽目になり、日頃の運動不足も祟って息も絶え絶えというわけである。
「小森さんヘロヘロじゃないっすか。なんかあったんですか?」
ふらふらと自分のデスクに腰かけた優一に、明るめの茶髪が目立つ後輩、矢島一樹が不思議そうに尋ねた。
「それがさ、家の近くで"ゴースト"に襲われるわ、会社近くでも草むらから飛び出してきたモンスター数種類に襲われるわで……朝からツイてないのなんのって」
「みぃ……」
デスクに突っ伏す雄一の肩の上でアカメも疲れたように鳴く。
優一自身も投げナイフで応戦はしたが主にこのアカメに薙ぎ払ってもらったので、彼も朝から疲れているのだろう。
「それは確かに災難っすけど……小森さん、今朝のニュース見てないんすか?」
「……え? なんかやってた?」
「今日のモンスター大量発生警報、都内ではこの辺と小森さんの家の辺りっすよ」
「まじか……」
五年前の事件以来、この世界には日常的にモンスターが現れるようになっているわけだが、時間や場所などランダムでモンスターの大量発生が起こることがある。
ランダムとはいえ〈メイジ〉や〈プリースト〉のような魔法系のジョブなら《占い》のスキルである程度場所や時間を予測することができるので、その結果を受けて公的機関が警報を発令する。
それがモンスター大量発生警報である。
大量発生が起きている間は普段よりも格段にモンスターとのエンカウント率が上がってしまうため、警報が出ている間は外を出歩かないことが推奨され、学校などは休校になるほどだ。
「あー、だから通勤中他の人ほとんど見かけなかったのか……」
学校が休校になるレベルの警報なので会社だって社員に対して自宅待機などを推奨する。
むしろこのご時世に出勤を強制などしようものならすぐさまブラック企業呼ばわりされかねない。
冷静になってフロアを見回してみると、時間帯の割に随分と人が少ない。
みんなちゃんとニュースなどで警報が出ていることを確認して、自主的に自宅待機でもしているのだろう。
優一はそれとは真逆にニュースをすっかり見逃して勝手に苦労したバカだったというわけだ。
「小森さん、仕事はできる人なのにこういうとこだけポンコツっすよね」
「否定はできないけども。……っていうか矢島くんだって出勤してるってことはお仲間なんじゃないの?」
会社周辺が警報の範囲内なのだから、本来なら誰ひとりとして出勤してきていないはず。
それなのに矢島もまたここにいるということは、彼も警報を見逃してしまったと考えるのが自然だ。
しかし彼は何故か得意げに胸を張る。
「オレはバトルもまあまあ慣れてるっすからね! 普通のモンスターなら軽く狩れるし、相手がヤバけりゃちゃんと逃げられるんで、普通に出社してみました!」
「そういえば戦闘系のギルドとか入ってるんだっけ?」
「そうっす!」
得意げに笑う矢島は次の瞬間手元を光らせ大型の弓を取り出し、構えて見せる。
「エイムは得意なんで、百メートル先の小型モンスターだってヘッドショットできる自信あるっすよ!」
「はいはいわかったから弓しまってねー」
雑に長そうとする優一にちょっと不満そうにしつつも、矢島は弓を光とともにしまった。
「っていうか小森さんもバトルしましょうよー。プレイヤーレベル六〇あれば全然イケるじゃないっすか」
身を乗り出して勧誘して来る矢島に仕事をする気配はない。
まあこうも人が少ないとなると仕事にならないのも確かなので、駅前のコンビニで買ってきたカフェオレ片手に少し付き合ってやることにする。
「バトルはあんまり興味ないんだよ。俺の気まぐれでコイツらにケガとか痛い思いさせるのも気が進まないし」
肩から降りて優一の膝の上に寝転がり始めたアカメを撫でつつ答えれば、矢島は納得したように「あー」と声を漏らした。
「〈テイマー〉って基本的にはモンスターに戦ってもらうジョブっすもんね。……そうなると確かに自分の趣味でバトルするのは気が引けるかも」
「むしろコイツはとんでもなく強いからあんまり心配ないんだけどね」
何せ額からビームをぶっ放して"ゴースト"を一掃する毛玉だ。正直アカメの心配はあまりしていない。
「でも、だったらなんで小森さんのプレイヤーレベルそんなに高いんすか? バトルかなりやってる俺とおんなじくらいって相当っすよ?」
「んー……説明するのだるいからまた今度教えてあげるよ」
「だるいって……」
「なんかこう、普通有り得ないミラクルと不運が連発したっていうか……正直思い出すだけで精神的にものすごく疲れるから、朝っぱらからそんな話したくない」
ざっくりと心情を説明すれば矢島は黙った。
多分ざっくりと話しただけで死んだ目になった優一の本気を察してくれたのだろう。
「……さて、せっかく出社したんだし仕事仕事! タスクがないなら俺から振ってあげようか?」
冗談交じりの脅しで矢島の尻を叩きつつ、今週やるべき作業を思い浮かべて頭の中で優先順位をつけていく。
一度軽く背伸びをしてから優一は本日の仕事に取りかかった。
☆★☆
仕事を開始して三時間ほど経過して、時刻は昼時。
大量発生警報は一時間ほど前には解除され、続々と他の社員たちも出社してきている。
ようやくこれで会社も普段通りの稼働を始めるだろう。
「(それはさておき昼ごはんだな)」
作業を忘れず保存してから、財布を片手にエレベーターに向かう。
会社付近にはランチをやっている飲食店も多いのだが、優一は諸事情によりコンビニ派だ。
特に一番近いコンビニは徒歩三分ほどで、どの飲食店よりも近くて便利なのだ。
「今日はパンな気分」なんてことをのんびり考えつつエレベーターを待っていると、矢島がこちらに歩いてくる。
「あれ? 小森さんもコンビニっすか?」
「ん」
「そういえば他の人って結構店行ってるイメージなんすけど、小森さんはなんで行かないんすか?」
「店はアカメが入れないからね」
優一が飲食店を選ばない一番の理由はまさに今も優一の肩に乗っている毛玉にあった。
モンスターが当たり前に町を歩くこのご時世だが、〈テイマー〉の従者とはいえモンスターが店に入るのを許容してくれる店はほとんどない。
「まあ〈テイマー〉自体かなりレアなジョブだから、店のほうもモンスター連れの客なんて想定してないんだろうけどね」
「そう言われてみると、オレ〈テイマー〉の知り合い小森さんしかいないや」
無数に存在するジョブがどういった基準で世界中の人々に割り当てられたのかは誰にもわからないが、人それぞれが持つジョブの適性の在り方は千差万別であるらしいことはこの五年でわかってきている。
個人が持つジョブへの適性に法則性などは全くない。
器用にも複数のジョブの適性を持ち手順さえ踏めば他のジョブに転職もできる人間がいる一方、ひとつのジョブにしか適性がなくそれ以外の選択肢を持たない人間もいる。
さらに、適性を持つ人間が極端に少ないジョブというものもいくつか存在しており、その中でも有名どころのひとつが〈テイマー〉だ。
数が少ないレアケースを想定しておけと飲食店に文句を言うのも酷であるし、そもそも世界がこうなる以前から一般的に飲食店にイヌやネコは連れ込めないのだからモンスターを連れ込めるようにしろと騒ぎ立てるのも妙な話だ。
なので優一は今日も大人しくコンビニに行くのである。
どうせ同じ目的地なので、優一と矢島はふたり並んでコンビニを目指す。
だが、その途中で矢島がピタリを足を止めた。
「矢島くん?」
「……小森さん、"カーバンクル"って光と火の魔法使えるんでしたっけ?」
「そうだけど?」
急な質問の後、矢島はそっと上を指差した。
それを追いかけて上を見て、優一は顔をこわばらせる。
「……厄日かな?」
「どう見ても警報解除されてる都市部に出るモンスターじゃないっすね」
ふたりのすぐ隣に立つ四階建て程度のビルの屋上に、三メートル以上はある悪魔のような外見のモンスターがいた。
矢島もよく存在に気づいたものだとは思うが、彼のジョブは〈スナイパー〉。
弓や銃による遠距離狙撃を得意とするので索敵系のスキルも豊富だったはずだ。
幸いモンスターはこちらには気づいていないようだが、慌てて逃げれば気づかれるだろうし、ゆっくり歩いても高確率で見つかる。
「オレ、不意打ちに成功すると通常よりでかいダメージ出せるんで……」
大まかな説明だったが、優一は矢島の意図を理解して頷く。
その次の瞬間、手元に弓を取り出した矢島が最低限の動作でモンスターの頭に矢を撃ちこんだ。
「gyaaaaaaaa!」
不意打ちは見事に成功したらしく、モンスターが叫び声をあげる。
しかもヘッドショットの追加効果なのかスタン状態になっているようだ。
「《従者強化・魔法攻撃強化》!」
〈テイマー〉の固有スキルを発動して、アカメの体に赤い光が纏わせる。
「もういっちょ! 《従者強化・光魔法強化》!」
続けてアカメの体を金色の光が包み込み、それに反応するようにアカメの額の宝石が強い光を発する。
「矢島君! アカメ投げて!」
「え!? はいっす!」
若干戸惑いつつも頷いた矢島の腕に飛び乗るアカメ。それを矢島が武器攻撃職の筋力でモンスターに向けて投げ飛ばす。
「アカメ、ぶちかませ!」
「ミャウ!!」
アカメの小さな体がちょうどモンスターと同じ高さまで到達した次の瞬間、額の宝石から解き放たれた閃光がモンスターの顔面を飲み込む。。
閃光が消えた頃にはモンスターの体は光の粒子になって消えていき、くるくると器用に回転しながら落ちてきたアカメが優一の頭に着地すると同時に討伐完了を示すリザルトが表示された。
なかなか高レベルだったのか、今朝相手にしたザコと比べれば金貨も経験値も多くもらえているようだった。
「……とりあえず問題なく終わったね」
「終わったねっていうか! 小森さんもアカメもマジでめちゃくちゃ強いじゃないっすか!?」
ドシドシと歩み寄ってきた矢島が優一の肩を掴んだ。
「やっぱりバトルやりましょうよー! そんだけ強けりゃアカメもケガとかほぼしないだろうし絶対楽しいっすよ!」
激しく前後に揺さぶられながらの勧誘に優一はぐらんぐらんと揺さぶられる。
どちらかと言えば後衛よりとはいえ、武器攻撃職の腕力で揺さぶられるのは魔法職の優一には辛い。
「ストップ、このままだと吐く」
「あ゛、すんません」
「っていうか早くコンビニ行かないと昼休み終わっちゃうだろ!」
揺さぶりが止まった隙を見逃さずに矢島の腕を振りほどき指摘してやれば、矢島は「あ!」と間抜けな声を漏らした。
「……なんでコンビニ行くだけでこうなるんだか」
上手く話題をそらしてコンビニに向かったふたり。
優一は自分の昼食に加え、ご褒美寄こせとアピールの激しかったアカメ用のおやつまで買わされる羽目になったのだった。
☆★☆
優一の勤める会社はフレックスを採用している。
つまり最低限定められたコアタイムにさえ会社にいれば、それ以外は出社も退社も割と自由にしてもいいわけだが、悲しいかな日本人の性なのかほとんどの社員は早くとも19時ごろまで退社しようとはしない。
現在時刻は18時半を少し回った頃。
優一のデスクの横にひょっこりと矢島が姿を現した。
「小森さん、この後メシとかどうっすか?」
「……遠慮せず本音言ってもいいけど」
「全力でバトルに誘いたいのでお時間あります?」
「素直でよろしい。だが断る」
昼の一件からすっかり優一を勧誘する気になってしまったらしい矢島。
以前からたまに勧誘はされていたのだが、戦う姿を見せて一気にエンジンがかかってしまったようだ。
「だってあんなに強いのにもったいないじゃないっすかー。一緒にレア装備とか探しに行きましょうよー」
「装備系には興味ないんだよ。ひと昔前は欲しいのもあって頑張ったこともあったけどさ。あと単純に今日は先約があるから無理だよ」
「えー。この間「平日の退社後とか家に帰りたすぎて寄り道する気とか微塵も湧かない」って真顔で言ってたじゃないっすか」
PCからは目をそらさず、作業の片手間で矢島の相手をしてやる。
そんな雑な対応にも別に文句はないらしく、彼は彼でマイペースに勧誘を続けてくる。
そんなふたりのもとに歩み寄ってくる人影がひとつ。
「小森くん。少しいいかしら」
凛とした声に振り向けば、黒のロングヘアを揺らす女性がこちらを見下ろしている。
「白川さん。おつかれさまです」
「おつかれさま。今話をしても大丈夫?」
「問題ありません」
すらすらと仕事に関する確認をしてくる女性の名前は白川千尋。優一より少し年上のデザイナーだ。
確認内容は大したことではなく五分とかからず会話が終わる。
「ああそれから、この後よろしくね」
「承知してます。また後で」
颯爽と自分のデスクに戻る白川を見送ってからふと矢島に視線を向けると、あり得ないものを見たとでも言いたげに目をまん丸にしてこちらを凝視していた。
「どしたの?」
「コモリサンガシラカワサントデートノオヤクソク……」
絞り出すように出てきたイントネーションがおかしな音の羅列に、最初矢島がなんと言ったのかわからなかった。
「クール系年上美人と夜のお付き合い……」
「あ、そういう話か」
次の言葉はまともな発音で話してくれたのでやっと優一にも意味が理解できた。
ちなみに矢島の解釈は勘違いも甚だしい。
「そういうんじゃないよ。そもそも白川さん社外にパートナーがいらっしゃるから」
「あ、そうなんすね。それはそれでびっくりっすけど」
「綺麗な人だし、意外でもないだろ?」
白川は女性にしては身長高めでスタイルのいいクールな美人だ。
そんな女性にパートナーがいたとしても特別不思議なことはないだろう。
「確かに美人っすけど、すごく仕事できる人だってウワサだったんで仕事一筋の人なのかと。……っていうか小森さんもよく平然と話せるっすよね」
「平然とって……なんでビビる必要が?」
「だって、クール系美人で仕事ができて頼りになるけど怒るとめっちゃ怖いって有名じゃないっすか。一部では"氷雪の女騎士"って呼ばれてるんすよ」
「……ゲーム会社とはいえ中二心溢れすぎてるね」
まあ実際白川のジョブは〈ナイト〉だったりするし、仕事にはシビアな女性なのも事実なのであながち的外れでもないのだが。
「っていうか、デートじゃないならこの後の用事ってなんすか? まさか浮気?」
「白川さん、そういうことする人に見える?」
「見えないっすね。ついでに小森さんもそんな面倒な恋愛は絶対しないと思います。めんどくさがりだし」
「(この子、俺にだけ妙に遠慮ない気がするな)……まあとにかく、キミが想像してることはまず全部ハズレだと思うよ。そもそもふたりきりじゃないし」
「じゃあ飲み会っすか? でも月曜から飲み会って……」
うんうん悩みだしてしまった矢島を尻目に時間を確認すると、約束の時間が迫っている。
ずっと首を捻っている矢島を放置したまま帰り支度を済ませ、最後に矢島の肩を軽く叩いてやった。
「そんな気になるなら、矢島くんも来ればいい。俺をご飯に誘うならこの後暇なんだろ?」
「え、行っていいんすか?」
「行くって言っても、社内だけどね」
☆★☆
社内には会議室がいくつかあるが、それ以外に全社員を集めたり昼休みにのんびりするためなどに使用されるホールがある。
優一の目的地もそこで、19時に合わせて矢島を連れてホールに足を踏み入れた。
すでに十人弱の社員がリラックスした様子で集まっていて、その中には白川の姿もある。
「あら、さっきの新卒の子?」
「気になるらしいんで連れてきました」
「また参加者が増えるわね」
クスリと小さく笑う白川に微笑み返してから、社員たちを見回す。
「……今回もほぼフルメンバーですか」
「みんな日々頑張ってるからねえ」
のんびりとした口調で話す男性は荒武徳郁。
ディレクターのひとりでちょうど優一や矢島の上司にあたる温和なアラフォー男性である。
「さっそくだけど、始めてもらえるかな?」
「はい。荒武さんも思う存分癒されていってくださいね」
荒武の言葉に応じつつ、優一はホールの少し開けた空間に向けて手をかざした。
「《従者召喚・クマ太郎》」
手をかざした先に浮かび上がった魔法陣。そこから大きな影がのっそりと出てくる。
黒に近い毛に覆われた巨体、鋭い爪と牙。そして愛嬌のあるつぶらな瞳。
種族"グリズリー"、名前はクマ太郎。
優一がテイムしたモンスターの内の一体である。
「《従者召喚・ボス》、《従者召喚・おあげ》、《従者召喚・ミミ助》」
さらに三体のモンスター、黒い毛並みの"ダークウルフ"のボスと、黄金色の"妖狐"のおあげ、白い毛並みの"因幡の白兎"のミミ助を呼び出してやる。
「……ではこれより、モフモフパラダイスを開始します」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
「小森さん、何これ?」
「モフモフパラダイスだね」
そういうことを聞いてるのではない。
そう言いたげな矢島の顔面にとりあえず肩に乗っていたアカメを押し付けてから説明してやる。
「これはまあ、ペットセラピーみたいなもんだよ。……疲れた社員のみなさんにモフモフ成分強めの従者たちをお貸しして癒して差し上げるっていう」
諸事情あって"カーバンクル"のアカメを頭や肩に乗せて仕事をすることの多い優一は、アカメ以外にもモフモフとした動物系のモンスターをテイムしている。
ちょっとした会話の流れでそれを教えたところ癒されたいと言う社員が現れ、いつの間にかその話が口コミで広がった結果、個々でやるよりまとめて集まって癒しを提供しようとなったのがこの集まりである。
「なるほど……じゃあもしかしてこれが初めてじゃない?」
「なんやかんや一年くらい前からちょくちょくやってるね」
「わー……でも、気持ちはわかります」
押し付けられたアカメをちゃっかりモフモフしている矢島も完全に癒されたい社員側である。
明るく人懐っこい性格でストレスとは無縁そうに見える彼だが、そんな彼も一年目の社会人だ。ストレスが無いなんてことはないのだろう。
「新卒くん。よかったらアカメくんを私にも撫でさせて」
「あ、はい」
スッと現れた白川が矢島からアカメを受け取り撫で始める。
表情の変化はあまりないのだが、纏う空気は普段よりもだいぶ柔らかい。
「白川さん、ネコ好きなんですか?」
「好きっていうのもあるけれど、元々実家にネコがいたからそれを思い出すの」
会話をしながらしっかりとアカメを撫でまわす腕に迷いはなく、当のアカメも相当気持ちよさそうにしている。ネコの扱いに長けている証拠だ。
まあ"カーバンクル"がネコなのかと言われると少し微妙なところなのだが。
「というか、小森さんと仲良さげなのはこのつながりだったんすね」
「そうね。私がお世話になり始めたのはこの集まりができる前からだから」
「へえ~」
白川と矢島がのんびりと会話しているのと同じように、他のメンバーもそれぞれお気に入りのモフモフを相手に癒されつつ過ごしている。
「正直、この集まりのおかげで助かってるのよ……やっぱりストレスはたまるから」
「……モフモフは偉大っすからね」
「(あ、矢島くんも落ちたな)」
モフモフパラダイス、参加者一名追加の予感である。
「参加者って、ここにいる人たちだけなんすか?」
「いや、たまにふらっと参加してく人もいる」
実質社員に対する福利厚生のようなものなので、我が社の社員であれば誰でも参加していいことになっている。
とはいえ、今ここにいるのは基本毎回参加のレギュラーメンバーのようなもので、多いときにはさらに数人増えたりもする。
矢島もそうだが新卒や中途採用の社員などから参加者が増える可能性もあるので、そろそろモフモフが五体では不十分かもしれない。
「あ、でも今日はいつものメンバーがひとり足りないや」
「へえ~。誰っすか?」
「社長」
「……はい?」
「だから社長」
この集まりの最古参とも言える男。それは我が社の社長である。
「むしろ、これを集まりにしちゃったの社長だからね」
「マジっすか!?」
「社長ともなれば、私たち以上にストレスをためることもあるんでしょうね……」
「このご時世、ストレスが一番の敵みたいなところありますからね」
ステータスというものが人間に与えられて以降、人間は以前よりも死ににくくなった。
何せHPがゼロになって死んだとしても復活するのだ。現代における人間の死因は老衰か病死のみとなった。
その分、現代の人間にとって精神の健康はかなり重要度を増してきている。
社長がこの集まりを設けたのにはそういった背景もあるのだろう。
「ホント、ストレス溜めると碌なことにならないからさ。矢島くんもなんかあれば早めに言うようにね」
「ええ本当に。ストレスが爆発すると本当に大変なことになるから……」
「……ふたりとも何かストレス関係で何かあったんすか?」
不思議そうにしている矢島に対し、優一と白川は目を泳がせる。
「いやあ、まあ……もしものときは協力頼むよ」
「ええ、まあ……あなたもその内わかるわよ」
「え、なんか怖いんですけど」
本格的に不安そうにする矢島をスルーしつつ、白川の腕でうっとりしているアカメを少し撫でる。現実逃避と言うなかれ。
その後三〇分ほどモフモフパラダイスは繰り広げられ、一日は終わっていくのだった。