ギルドカードの遺言
ヨイツはダンジョン探索を生業とする中年の冒険者だった。
ボロボロと草臥れた鎧を着こみ、錆びた剣を携え、今日もダンジョンの奥深くへと潜っていく。
「あぁ、クセェなぁ。忘れられない、死体の匂いだ……」
死体が一つ、ダンジョンに転がっていた。
ダンジョンとは、モンスターと呼ばれる危険な怪物がはこびる、いつ命を落とすかさえ分からない魔の空間。
この死体も、モンスターにやられたものだろう。体には深い傷が見られ、足掻いた後が見られる。
所々腐り落ち、無残な姿へと変わり果てていた。
「アリシア……」
ヨイツは婚約指輪をつけた左手を握りしめる。指輪は今は亡き妻、アリシアとのものだ。
二人はいつも一緒にダンジョンを探索していた。気が付けばお互いを愛し合うようになり、結婚した。そして新しい住処のお金を稼ぐためにダンジョンに潜った時、妻のアリシアがモンスターに襲われて死んだ。
随分昔の話だった。
「あれから二十年か。なぁアリシア、今になってもおまえの事が忘れられないよ」
ヨイツは目の前の死体を見てアリシアを思い出す。そう、アリシアの死体も最後はこうなった。
ヨイツはアリシアの事を想いながら、手際よく目の前の死体を物色し始める。
目当てのものはすぐに見つかった――死体の身分証明となるギルドカードだ。
「イルヴァン君ね。ギルドで捜索依頼が出てたな」
そう、ギルドカードにはイルヴァンと名前が記されていた。
ダンジョン内で見つけた死体の身元確認とギルドへの死亡報告は冒険者の義務だ。
「まだ若いのになぁ。無念だよな。冒険者の仕事をするからには、死ぬのは覚悟の上だろうが、それでもなぁ」
ヨイツは地上への帰還を決断した。冒険者が死亡する程のモンスターが生息している可能性が高く、またイルヴァンのギルドカードを持ち帰る必要があるからだ。
死体を葬る時間はない。ダンジョン内は危険だから、死体を葬っている間に襲われてしまうかもしれない。ヨイツは故人を悼み、胸に十字を切ったその時、ギルドカードが光り輝き始めた。
ヨイツはすぐに状況を理解する。
ギルドカードの機能の一つだからだ。
「あぁ、まずいなぁ。遺言機能か。俺がそれを聴く権利はないんだが」
ギルドカードから遺言の言葉が浮かび始めた。
『俺はイルヴァン。もうすぐ死ぬ。下の階層でモンスターに襲われてしまって、ここまで逃げてきたんだがダメなようだ。だから、お願いだ。俺にはレベッカという恋人がいる。その恋人に伝えてほしい。愛してるって。レベッカ、誰よりも愛してる』
ギルドカードは輝きを失った。ギルドカードの遺言再生は一回のみ。魔法の記録は長く持たないのだ。人が近寄るとすぐに再生を始めてしまう。
ヨイツは深くため息をついて、死体を見る。ヨイツはすぐに引き返してダンジョンから地上へと戻った。
◇◇◇
「ヨイツさん、冒険者の死亡報告ご苦労様でした。こちらが報奨金100Gになります」
ギルド嬢から報奨を受け取り、ボロボロとした小銭入れにしまい込む。
100Gは、一日宿に泊まれる程度の額だ。まったくもって少ない。
「ヨイツさん、まだアリシアさんの事が忘れられないんですか? 貴方ももう年です。ダンジョンに潜られるのも辞めたらいかがですか?」
ギルド嬢は、ヨイツの目を見て、その深い皺を掘った顔と悲しそうな眼光を見つめた。
「あぁ、忘れられないよ。アリシアの遺言は『愛してる』だった。俺はその言葉に捕らわれたままさ。こうしてダンジョンに潜って、いつか彼女と同じように死ぬのさ」
ヨイツは、アリシアを愛していた。今でもそうだ。それはアリシアが死んでも、ヨイツを愛し続けたからだ。
「あぁ、ギルド嬢さん、俺はイルヴァンさんの遺言を聞いてね。レベッカという方へ言伝を預かっているんだが、伝えてもらえるだろうか」
ギルド嬢は表情を変えず、こちらへ余所余所しく目線を向ける。
「あぁ、ギルドカードに遺言が再生された跡がありました。レベッカさんは、ギルドへ捜索依頼を出された方ですね。何とお伝えしましょうか」
ヨイツは少し戸惑ったように躊躇して、そして深い溜息をついた後、遺言を伝えた。
『レベッカ、俺の事は忘れて新しい人生を歩んでくれ』
ギルド嬢はその文言を紙に書き写す。ヨイツはもうギルドに用はない。
ギルドから煙のように立ち去り、ただ、一つ呟いた。
「遺言で愛の言葉なんて囁くんじゃあない。イルヴァン……、君もレベッカに幸せになってほしいだろう?」
(了)
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レベッカの歌というおまけを書きました。ご興味のある方はどうぞ。