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炭鉱夫の町ザーラトの領主が変わった事に炭鉱夫たちは無関心だ

作者: 串中トリオ

ザーラトの町は炭鉱夫達の町だ。

町の付近には、いくつも大きな鉱山があり男たちは朝から晩まで山を掘っていた。


ザーラトの町にはそんな炭鉱夫達を鉱山へと送り出す、馬車停留所があった。

まだ夜も明けきらぬ時間に、疲れの抜けきっていない男たちがワラワラと姿を現わす。そして四頭引きの大きな馬車へ隙間なく押し込まれていく。


そして、日が落ちてずいぶんした頃、その馬車に乗って薄汚れた姿で帰路につく。


オラックは鉱山に通って12年になる。

妻とは8年前に結婚し、息子2人と娘1人をもうけた。


朝起きると、昨日の酒がまだ残っており身体が重い。

それでも無理やり起き上がり、机の上にある弁当を持って馬車停留所へと向かって家を出た。


同じような鉱夫たちが長屋から、ぬらりぬらりと現れては停留所へと向かっていく。停留所へ近づくにつれ、そんな鉱夫達は数を増やし、ザッザッと土を擦る足音だけが響く。


停留所には数百人の鉱夫達がひしめいている。

みな、疲れているのか口数は少ない。


各停留所で馬車を待つ間、所々から声が上がる。よくあることで、足を踏んだとか肩が打つかった程度のことで揉めだす者たちがいるのだ。

他の鉱夫達は、面白い見世物だと言わんばかりに囃し立て、ケンカを止めようとはしない。

そこに走って仲裁をするのが、停留所の所員たちだった。

笛を鳴らし、それでも止めなければ、棍棒による制裁がくだる。

だいたい殴り合っているような鉱夫は笛が聞こえないのか、しこたま棍棒で殴りつけられるまでやめようとはしなかった。


大型の馬車に隙間なく押し込まれる。この馬車に1時間ほど揺られると鉱山だ。


いつもは各班に分かれて朝礼で軽い打ち合わせをして潜るのだが、今日は違った。

馬車を降りると大きな看板があり、そこの文字が大きく書かれていた。

鉱夫達の識字率は低い。読めるという者も、簡単な単語をいくつかと自分の名前くらいなものだった。


看板にはA~Zまでが書かれ、班長たちが大声で鉱夫たちに復唱させている。

何のためにこんなことをさせているのかわからなかったが、やれと言われてしかたなくやっていた。


それからしばらくすると、看板にはいくつかの単語が並ぶようになった。

しかし、鉱夫達が普段目にする鉱石や工具の名前ではないもので、ほとほと何のためにやっているのかわからなかった。


そんなことが半年も続き、鉱夫達はみな、いい加減簡単な単語くらい読めらぁと

言い出した頃、ザーラトの町の停留所に大きな看板が出来上がった。


オラックはその日も、日が暮れてずいぶんしてから馬車に揺られて帰ってきた。馬車から降りるとその看板が目に入る。


「おとうさん、いつもがんばってくれてありがとう」


と看板には書かれていた。決してうまい字ではない、子供が頑張って描いたようなミミズがのたくったような字だ。

オラックは息子たちの顔を思い浮かべた。

最近、息子たちが起きる前に仕事へ向い、酒をひっかけて帰るから息子たちは寝付いたあとだったのだ。

いつもは足を引きずるように歩いて酒場へ向かうのだが、その足は急かすように家へと向かっていた。


「はぁ、はぁ、た、ただいま」


「あら、あなた早かったのね」


「あ、ああ、子どもたちは?」


「今、裏で湯浴みしてますよ」


「そ、そうか、ふぅ、じゃあオレも湯浴みしてくらぁ」


「はいはい、あとで湯を持っていくわね」


妻が追加の湯を沸かしていると、裏から賑やかな声が響いてきて笑顔になるのだった。


翌日、調子よく目覚めたオラックはいつも通り馬車停留所へ向かう。

そして、昨日も見た看板を見ると、力がみなぎってくるのだ。

普段は口数が少ない鉱夫たちも、その看板のことでワイワイと話しており、ケンカが起こっても周りが止めるようになった。


オラックが久しぶりに酒場に顔を出すと、そこにも停留所と同じ看板があった。


「こんなもんがあっちゃあ、おめーんとこも商売あがったりじゃねえか?」


と店主に聞いたが、店主は頭を振り、こう答えた。


「あれを見るとケンカなんてしねーだろ? それにおれにだってガキがいるんでね」


と笑っていた。


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