異世界転生するのに女神様が何でも一つくれるというのでニントンドースウィッチを貰ってみた
ニントンドースウィッチ……従来のゲーム機とは一線を画す面白さから品切れ続出、手に入れる事すら困難な幻のゲーム機。
そんなスウィッチを手に入れる為に俺は必死だった。
毎日、スマホに張り付き入荷状況のチェック、ゲリラで販売されていると目にすれば即座にその店へと向かっていた。
しかし……未だに努力は叶わず、俺はスウィッチを手に入れることは出来ていなかった。
「くそっ、平日の昼間なのに何でこんなに居やがるんだ! どいつもこいつも転売ヤーに違いない!」
秋葉原の大型電気店で入荷されたと聞き急いで向かったのだが、そこには既にスウィッチ完売の張り紙が張り出されていた。
店の中にはスウィッチを購入したのであろう、小太りで汚い格好のおっさん達が数人いた。
その顔は念願のゲーム機を手に入れた者の顔ではなかった。
無表情、ただ儲けの為の道具を手に入れたとしか思っていなさそうなその顔に俺は余計に腹が立った。
はあ、仕方がない、また帰って入荷情報を待とう。
そう思った矢先、スマホにSNSの通知が来た。どうも、この前フォローしておいたニントンド―スウィッチの情報を発信するアカウントが何か呟いたらしい。
「これは……!?」
そのつぶやきの内容は、秋葉原の大型電気店にニントンドースウィッチ入荷、というものだった。
俺はその情報が本当かどうか確かめるために、リサーチを開始する。
……どうやら本当らしい、しかも台数は1000台とあり各所はお祭り騒ぎだ。
これなら間違いなく俺も買える。
自然と足がその店へと動き出していた。
道行く人にぶつかりそうになりながら、それでも俺は走り続けた。
やっと、やっと買えるんだ! 発売から一か月以上経った、抽選会では外れてばかり、ゲリラ発売は常に売り切れ……でも、これで俺もスウィッチを……!?
「あ、危ない!」
遠くから誰かの声が聞こえた、危ない? 何の事だ。
甲高い耳障りな音が左から聞こえる。何だ、とそちらの方を向くとそこにはトラックがいて、目前まで迫っていた。
ああそうか、今のはブレーキ音だったのか。危ないって俺の事だったのか。
ははっ、じゃあまた、俺はスウィッチが買えないんだな。
何かが砕ける生々しくも、痛々しい音が辺りに響く。
俺の意識はそこで一旦、途切れた。
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「私は女神、貴方は不幸にも事故で死んでしまいましたが、貴方はまだ死ぬべきではありませんでした。お詫びといっては何ですが、貴方を異世界へ転生させて頂きます。それに何でも一つ、チート能力でも、伝説の聖剣でも、神話生物のペットでも、貴方が望むものを一つだけ差し上げましょう!」
「……ンドー……ウィ……」
「えっ? 申し訳ございません、もう一度おっしゃって頂けますか」
「ニントンドースウィッチ」
「……あの、それは確か貴方の世界にあった娯楽の一つですよね? 異世界に持っていくものとしては少々……」
「ニントンドースウィッチ」
女神とか異世界とかどうでもよかった、俺はただスウィッチが欲しいだけだ、それ以上の物なんて何も欲しはしない。
俺に鬼気迫る様子に圧倒されたのか、女神はやや涙目になりながら了承した。
「それでは行ってらっしゃいませ!」
俺はその声と共に光に包まれた、辺りは光以外何もない。
そんな時間が数秒、数分立った後に、気付くと俺は見知らぬ街の中に立っていた。
そして、手の中には――赤と青のコントラストが美しい、俺が望んでやまなかったニントンドースウィッチの箱があった。
「ついに……ついに手に入れたんだ。長かったけど、俺やっと遊べるんだな!」
感極まって俺は思わず泣き出してしまった、その場にしゃがみこんで泣きじゃくる俺に近くを歩いていた犬のような顔の男が心配して話しかけてくる。
「大丈夫ですか!? 何か、辛い事でもありましたか?」
「いえ……嬉しいんです。俺もやっとスウィッチで遊べるって思うと、本当に何だか……」
「そ、そうですか。私にはスウィッチとは何だかわかりませんが、とにかくおめでとうございます」
「ありがとうございます! そうだ、どこか電気のある場所はありませんか、早くスウィッチで遊んでみたいんです!」
俺のその言葉を聞き、犬男は暗い表情になる。
「電気は……この国にはありません」
「そんな!? どうしてですか!?」
「魔王がこの国の電力を奪ってしまったのです。魔王は電気を使い、破壊神を復活させようと目論んでいるそうですが、我々にはどうすることも……。あっ、待ってください! どこに行くんですか!?」
「ちょっと、用事が出来てしまったのでこれで。最期に一つだけ教えてください……」
俺は決意を固め、問う。
「魔王はどこにいますか」
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「グァアアアアアアアアア!!」
「散れ、魔王。この世界に、お前のような存在は必要ない!」
「おのれ、おのれ!! 名無しの冒険者風情が我を侮辱しよって……一体、貴様は何なのだ!? なぜ、我の邪魔をする!?」
「俺はただ、ゲームがやりたいだけだ」
俺の剣が魔王の身体を両断する。
魔王はもう動くことは無かった、その最期に苦悶と疑問の表情を浮かべた彼がどんなことを思っていたのか、俺にはわからない。
俺は旅の途中で習得した瞬間転移の魔法でとある国へと戻る。
俺が異世界に来て初めて訪れたあの国だった、俺は城へと向かいそのまま玉座の間に向かう。
俺の帰りを待っていたのであろう、王と娘の姫がそこにはいた。
「帰ったか、勇者! して、魔王は?」
「この手で打ち取って参りました。これでこの国に電気が戻ることでしょう」
「そうか! よくやった、勇者よ、お主のおかげで世界の平和は守られたのじゃ! そうと決まれば急ぎ、宴の準備じゃ。大臣」
「かしこまりました。すぐにご用意を」
「うむ。勇者よ、此度の功績、何を褒美として渡しても良いとわしは考えている。そこでわしのもっとも大切な娘をおぬしに与えようと思う。本人もそれを望んでいるようでの」
「お、お父様ったら、そんなこと。でも……私、勇者様でしたらその……喜んで」
恥じらうように頬を染める姫に笑顔を返した後に、俺は返事をする。
「有り難く頂戴させていただきます。ですが、その前に今日だけ私に休息を頂けないでしょうか?」
「おお、そうであった。魔王との戦いでそなたも疲れているであろう。今日はゆっくりと休むがいい。宴と姫との結婚式はまた後日ということにしよう」
「ありがとうございます! それではこれにて失礼させて頂きます!」
最後に恭しく腰を下げて、城を後にする。
街は電気が戻ったことにより、お祭り騒ぎだ。
俺はそんな中を、一人で黙って歩いていく。
やがて、自分以外は辺りを照らす街灯しかないような裏通りに入ると、俺はそこにある一軒の建物の扉を開いた。
「ただいま」
中から返事は返ってこない。
当たり前だ、ここは荷物置き場として俺が買ったただのボロ家だからだ。
だがそこのは確かに、それがあった。
「ただいま……随分、待たせちまったな」
机の上にある一つの箱、ややホコリが積もってしまっているがそれでもなお、美しさを損なわない完成された美。
ニントンドースウィッチだ。
ようやく、ここまでこれたのだ。
これで本当に俺のスウィッチを求めるたびは終わるんだ。
ホコリを払って、蓋に手をかける。
鼓動が怖ろしく早く脈打っているのがわかる。
魔王と対峙した時でもここまで緊張することは無かった、それほどまでスウィッチは俺の心を揺り動かすのだ。
息を呑み、意を決してその箱を開く。
中は空っぽだ。
「箱だけじゃねーか!」
ニントンドースウィッチ、箱だけでも発売中なのであった。
ラストはこれか、ニントンドース『ウィッチ』だけに魔法少女の女の子になっていたという展開にするかで悩みました。
どちらにしろ、アホなんじゃないかと思います。