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ローザ姫とラベンダーの丘

作者: 猫山つつじ

 そのお城は丘の上にあって、お城の中はバラでいっぱい、まわりは一面のラベンダー畑です。ラベンダーはこのお城の王様の一人娘のローザ姫が大好きな花で、姫のために王様が植えさせたものです。


 ローザ姫は、不思議なお姫様でした。

 王様と王妃様には、結婚して十年以上も子供が産まれませんでした。

 豪華な服を着て、高級な食事をとり、高級なワインを飲んで、ぜいたくな暮らしを楽しむばかりの毎日でしたが、あるとき、沖合いの小さな島にある教会を訪れて、子供を授けてくれるよう神様にお祈りしました。

 すると「ぜいたくをやめて国民のために国を治めるように」との神様の声が聞こえてきて、王様と王妃様は神様に従うことを誓いながら教会の鐘を鳴らして帰って来たのです。

 誓いのとおりに慎み深く暮らしていると間もなく、王妃様は自分がバラになった夢を見て身ごもりました。

 やがて産まれた赤ちゃんはこぶしをぎゅっと握りしめていました。開かせて見ると、赤いバラの花が出てきました。

 赤ちゃんはバラを意味するローザ姫と名付けられて、大切に育てられました。

 お城の中には姫のためにバラがたくさん植えられました。


 ローザ姫が少し大きくなって言葉が話せるようになると、不思議なことを話すようになりました。

「私はバラの子。大きくなったらお花の世界に帰るのよ」

 空想だと言ってしまえばそれまでですが、ローザ姫が、バラになった夢を見た王妃様からバラの花を握りしめて生まれてきたことは事実です。

 それに、花の王国のお城の形や大きさやら、見てきたように話すのです。

 お城は七色の大理石でできていて、空に届くくらいに大きく、下の階のバルコニーからはバナナやパパイヤが顔をのぞかせています。上の階にはエーデルワイスやコマクサのお花畑があって、屋上には万年雪が積もっています。

 そのほか、まわりの街並みやら遠くに見える大草原やら、子供の想像とは思えないのです。

 王様と王妃様は少し不安に思いましたが、想像力の豊かな子なんだと考えることにしました。だいたい、目の前にいるローザ姫は、どこからどう見ても人間の女の子でしかありません。

 ローザ姫はなぜかラベンダーが大好きで、毎日ラベンダー色の服を来て、ラベンダーのハーブティーを飲み、ラベンダーの香りのお菓子を食べたがりました。

 王様はローザ姫のためにお城のある丘いっぱいにラベンダーを植えました。

 ローザ姫はときどき困ったような顔をして、何かを探すようにラベンダー畑をうろうろしていることがありました。

 心配した王様が訳をたずねると、わからないと答えます。実際に、ローザ姫自身にも、何を探しているのかわかりませんでした。


 ローザ姫が年頃になったある夏のはじめ、お城で舞踏会がありました。姫は今もずっとラベンダーが好きでしたが、大きくなるにつれて、花の世界のことは話さなくなっていました。

 舞踏会では、真っ赤なバラのようなタキシードを来たラベンダー公爵と名乗る若い貴族とダンスを踊ることになりました。

 ラベンダー公爵は、なぜか子供のころからバラが大好きで、毎日バラ色の服を着て、ローズティーを飲み、バラの香りのお菓子を食べていました。バラが好きすぎて、館のまわりにバラ園を作ってバラに囲まれて暮らしているといいます。

 ダンスをして少しお話をしただけなのですが、ローザ姫とラベンダー公爵はお互いを運命の相手だと思いました。

 舞踏会が終わるとすぐに公爵は自分の国へ帰って行きましたが、その日から、ローザ姫は物思いに沈んで暮らすようになりました。

 王様も王妃様も、ローザ姫がラベンダー公爵に恋をしていることにうすうす気づいていました。でも、聞き出すことはしませんでした。姫の口から花の世界の話が出てくるのではないかと思って恐ろしかったのです。日がたてば忘れるだろうと、そっとしておくしかありませんでした。


 月日が流れ、王様と隣の国の王様が話し合って、ローザ姫と隣の国の王子を結婚させることになりました。一人娘の姫のお婿さんに、隣の国の二番目の王子をもらおうというのです。その時代、王様同士の約束で、王子や王女の結婚を決めるのは普通のことでした。

 その話を王様がローザ姫にしたところ、王様が思った以上に姫は反発しました。

「絶対にいやです」

「どうしてだ」

「会ったこともない、好きでもない人と結婚なんてできません」

 姫の思わぬ態度に王様はなんとかその場を取り繕おうとしました。

「だが、これは約束なんだ。どうだろう。今からでも、会ってみるのは」

「会ってお断りしてもいいのですよね」

「いや、それは困る。それに、会えばお前も気に入ると思う」

「そんな話なら会いません。だいたいお父様は、いつも何よりも私のことが大切だとおっしゃってくれているではありませんか」

「それはそうだが、もう約束してしまったことだ。国王同士の約束は、必ず守らなければならない」

「そんな、勝手すぎます」

 王様自身も王様の父親である前の王様も親のとりきめで結婚していました。なのでそれが普通だと思っていて、王様はローザ姫がそこまで怒るとは、考えもしていませんでした。

 ローザ姫は、王様が聞きたくなかった言葉を口にしました。

「それに、私には好きな人がいるのです」

「そうなのか。どんな男だ。まさか、ラ……」

 王様は、ラベンダー公爵の名前を言いかけて、恐ろしくなって言うのをやめました。

「教えたら、約束は取り消して下さるのですね」

「いや、それは無理だ」

「なら、お教えしません。どうしてもと言うなら、私は花の世界に帰ります」

「まあ、落ち着きなさい」

「では、約束は取り消して下さい」

「いや、そういうわけにはいかないんだ。ゆっくり考えてくれ」

 王様はそれ以上どうしてよいかわからず、そのまま部屋を出ていきました。

 花の世界に帰るというローザ姫の言葉を聞いて、王妃様もうろたえるばかりで何もできませんでした。


 王様とローザ姫は口をきかないまま、日にちだけがたちました。

 ある朝、ローザ姫が起きて来ないのを不審に思ったお世話係が寝室に入って見ると、姫の姿はなく、ベッドにはバラの花束が残されていました。

「姫は本当に、花の世界に帰ってしまったのだろうか。いや、そのようなことがあるはずがない」

 王様は隣の国に知られないように、信頼できる家来たちに命じて秘密に国中を捜させました。でも、いくら捜しても姫が見つかることはありませんでした。


 しばらくの間はローザ姫は表向きには重い病気とされて、やがて病気で亡くなったと発表されました。

 誰も入っていない棺の中にはバラの花がいっぱいに詰められて、その上にラベンダーの花が敷き詰められました。

 棺はお城のすぐ下に埋められて、そばには小さな鐘が作られました。

 国中の人々が次々にやってきて、止むことなく弔いの鐘を鳴らしました。心のなかでローザ姫が帰って来ることを願いながら、王様と王妃様も毎日鐘を鳴らしました。

 でも、いつまでたっても、ローザ姫が帰って来ることはありませんでした。

 

 そのお城の跡のバラ園とまわりのラベンダー畑は、現在ではラベンダーの丘と呼ばれてすっかり観光名所になっています。誓いの鐘と名付けられた鐘は、まるで恋人たちが愛を誓う聖地のようになっていて、あたりは幸せそうな笑顔であふれています。

 

 実はこのお話の主人公のローザ姫はお世話係の手引きで海の向こうの国へ渡ったという説があります。その説によると姫は名前を変えてラベンダー公爵と結婚して、幸せに暮らしたのだそうです。

 ただ、ラベンダー公爵は本名ではないらしくて公式の記録には無く、公爵の館の跡地候補といわれるバラの名所のいずれにも決め手はなくて、実際のローザ姫の行方は誰にもわからないということです。

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