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短編「リンゴ飴」

作者: がらな


 小さいころ、知らない人からリンゴ飴をもらったことがある。

 夏祭りの夜だった。母とはぐれて、神社のあたりで泣いていたら知らない人に話しかけられたのは覚えているけれど、どんな人だったかといわれると全く覚えていない。どこにでもいそうな大人の人だった。黒いスーツを着ていて、本人はたこ焼きを一船つまんでいた。

 リンゴ飴は美味しかった。現金なもので、赤くてらてらと光っているリンゴ飴は子供心をつかむのにばっちりだったし、齧ると甘くて夢中になった。知らない人はにこにことその様子を見て笑っていた、と思う。

 リンゴ飴を食べ切ったあたりで、母の姿が見えた。人ごみをかき分けて、慌ててこちらに駆けてくる姿はいつもと違って少し面白かったけど、そのあとの怒った母が怖すぎて笑えなかった。リンゴ飴をもらって食べたんだよ、といったら母はまた怒って、どうして早く言わないのと語気を荒くして言った。

 周りを見たらリンゴ飴をくれた人はいなくなっていた。母は私に呆れながら、遅いから帰るわよ、とぐいぐいと手を引っ張り、そのまま帰路についたのを覚えている。

 

 あの夏祭りの夜から10年が過ぎた。

 母は今も怒りっぽいし、10年たってもお祭りは毎年夏に行われている。変わったことは、私は背も伸びて、ある程度の家事はできるようになっていて、一人で遊びに行っても怒られなくなったことだった。女子高生という特別に見えて特別じゃない称号を私は持っている。

 友人たちは誰かと惚れた腫れた別れたを繰り返しているし、今どきの女子高生としてインターネットで誰かと知り合っては暇をぷちぷちつぶしている。試しにやってみたけれども大人なんてこんなものかと思うような人ばかりで、私には合わなかった。代わりに最近はお菓子作りにまで手を伸ばしているけど、特別にあげる人なんていないのがなんだかさみしい反面気楽でもある。母はつまみすぎて「太ってしまうわ」と怒っているので、低カロリーでおいしいレシピを考え始めた。

 そんな何でもない日常を過ごしている中で、ふっと脳裏をよぎるのは10年前のリンゴ飴の味と、祭りの喧騒と、黒いスーツだ。

 別に何を期待しているわけでもないけれど、毎年夏まつりには必ず行った。家族や友人と一緒に回ることもあったし、誰とも都合がつかなくても一人で行った。浴衣の時もあったし普段着の時もあった。

 そして必ずリンゴ飴とたこ焼きを買った。今の私の胃にはその二つを飲み込むキャパシティ位はある。味が好き、というよりはその二つを食べるのは儀式の一部と化している。

 食べ物を買ったら、神社の階段でそれを食べていた。喧噪が少し遠く、世界で一人だけみたいな頭の悪い事を考えてしまう。


 きっと、私はあの夜を思い出して毎年感傷に浸っているだけだった。

 現実で押し寄せる根拠のない孤独感や圧迫感をすべて放り出して、責任も義務もすべて投げ出して、祭りの幻想に浸る夜だ。

 10年前にリンゴ飴をくれた人も、もしかしたらそうだったのかもしれない。ほんの気まぐれで、はぐれた子供に食べ物をあげてあやす、というのは現実逃避の一つだったのかもしれない。もしくは現実逃避なんかじゃなくて、あの人にとっては日常だったのかもしれない。

 あの時の人が誰だったのかもわからないし、知って幻滅する位なら何もなくて良い。

 でも、やっぱりここで会えるかもしれない。会って、幻滅しないかもしれない。


 一年に一回の現実逃避の儀式は、そんなことを思いながらリンゴ飴を食べ切ることで終わる。


 家に帰ればいつも通りの日常が待っている。現実が待ち構えている。

 母はいつも元気に怒っているけれども、私がいつまでも支えていられるわけではない。

 父が亡くなってからの母は、少しも疲れを見せないように、張り切りすぎているようにも思う。私がいない夜の母は、どう過ごしているのだろう。たまには晩酌でもして、リフレッシュしているのだろうか。それとも泣いているのだろうか。


 母にも例年通り、リンゴ飴を買って帰ろう。

 そしてお弁当のリクエストを聞いて、お風呂をいれて、宿題をやる。

 早めに寝て、母がぼんやりできる時間を作る。

 

 きっと、そうして私はこれからもつつがなく生きていける。

 

 例年通り、昔は母に手を引かれて帰った道を一人で歩く。

 すれ違いざまに子供たちが祭りに向かって駆けていくのが見えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔の思い出と今の気持ちが入り交ざって青春といういい味を出していると思います。 毎年の儀式を続けていって更に十年後にはさすがにリンゴ飴を買うのはちょっと恥ずかしいとか、子供にあげている。とか続…
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