ポエティック百合
麗らかな春の陽光に、散る散る桜に満ちるのは。
四月、新入生の輝く笑顔と、隣で笑う君の顔。
「どったのさっちん?」
真横から、頭一つ分小さな椎名美祢が顔を覗かせて、私の頬にも桜が染まる。
「この暖かい光が、今年の主役たちを照らしていることに安心しているのさ」
「なるほど、深いね」
いつも通りふむふむと訳知り顔で頷く君は、意味も知らず、私の気持ちも知らず、だ。
「同じクラスだといいね」
「それには同感だ」
一日中、いや一年中君の顔を見ていても飽きないからね。
宵空高校の二年になった私と美祢は文芸部で同級生、また同志。
小説、漫画、随筆にエッセイ、雑誌に載る内容なら何でもござれの文芸部で、私と美祢だけがいまや希少なポエム、詩を専門にしている部員。
といっても、私は気持ちあるままを文字にするだけ、他の人となんらやってることに変わりはないと思っている。同じ文芸部員だしね。
「文芸部、後輩できるかな?」
「それは女神の気まぐれ、ならぬ新入生の気まぐれじゃないかな?」
「気まぐれで入られても困るでしょ」
「ごもっとも」
部員を集めるために部誌を配る。新入生のために皆で作った作品の乗った素晴らしい一冊だ。毎年作っているけれど、どれもオンリーワン。
けれど勧誘の人員が問題かな。私と美祢は少し、人と協調するのが苦手らしい。
影でははぐれもの同士なんて言われているくらいで、そんな暗い話はしないように明るく勤めているつもりだ。これでも気苦労が多い。
「私達も先輩だね」
「気まぐれがあればね」
「まぐれでも気まぐれでも、今ぐれーの若いものが来てくれないと困るよ。よし」
美祢は強引にダジャレを考えて捻じ込んで、それが上手く行ったと思うとよしという癖がある。その小さな自信と恥じらいのこもるはにかみが、どうにも愛おしく、愛らしい。
「ダジャレとポエムは違うよ、美祢」
「思いのままを言葉にするのが詩なんでしよ? だったらわたしのシゃれもしだね。よしよし」
なるほど私の言葉は届いていたらしい、けれど。
「し、でダジャレは無理があるよ」
「無理があるガールだから。ふふん」
はいはい、となだめるように頭を撫でると、美祢はにひっと笑った。
自信作が出るとよしとは言わない、そんな美祢の習性にも慣れたものだ。
沈みかけた夕陽が煌々と輝くのは、まるで線香花火の最期の灯。
毎日代わる代わる弾ける太陽の火、煌めく最大の輝きは君との別れを惜しんでか。
「さっちんに言いたいことがあるんだけどさ」
下校中、妙に回りくどい言い方の美祢の言葉に違和感を持ちながら頷いた。
普段の彼女なら言いたい事を言うのがポエム、なんて言うだろうに。
「好き、早霧、言ってスッキリ。……よし」
足が止まって、視線が留まって、世界が止まったかのようになって。
そして君に聞いた。
「……いや、面白い、ダジャレかな?」
あまり面白くないダジャレだけど。そう言わないと間を持たせることもできなさそうだ。
「この気持ち、伝えて気持ちい、心持ち。よーし」
「ははっ、お上手お上手」
やっぱり、そうなんだろうと思ったけれど。
夕陽に照る君の横顔はそれ以上に真赤くなっていた。
「で、返事は?」
「……というと?」
「私の告白。私の独白じゃないから。よし」
まだ衝撃を飲み込み切れていないから、喉元の言葉は詰まったまま呻き声が漏れるだけ。
いつもなら吐き出す時には変換されて、何か耳ざわりの良いものになるのに、今だけはそうならない気がした。
「早霧好き、義理の好きさよりギリギリ好きって言って欲しい。……ううーん」
最近見られなかったこれで大丈夫だろうか、のううーんが出た。
その心配は、自分のダジャレか、今の告白か。
けれど私が答えるべきは、好きだ。
だってそうだ、ずっと想っていたのだから。
でも答えることができない、だって、うまく言えない。
「……やっぱ、気持ち悪い?」
思わず、首をぶんぶんと横に振ってこたえた。
すると、君は楽し気に笑う。
「その顔見たら安心したよ。あーよかった。私のこと好きでしょ」
「えぁっ! いや、え、っと……」
「さっちん簡単に甘い言葉とか囁けそうだけど、てんで駄目なんだ」
私は、ただ日々の情感なんかを……というか、部誌に書いたり日記に書いたりするための詩であって、喋っている時は作品のつもりではないから……。
小走りに二秒、唇が触れ合って刹那、離れてまた一秒。
「好き、キス。……これは駄目。回文だし」
世界が止まったようなのに、私と君の関係はどこまでも突き進む。
「これからもよろしくね、さっちん」
小さな揺れのような頷きが、これからの激動の引き起こすのだろう――