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虹の架かる  作者: 蛙
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見世物小屋で

眠い。吃驚するほどユートピア...では無く眠いです。

1話です。

 ぽっかりと大きな月が浮かび、星は瞬く。それは蒼白く、まるで病人が自分に残された僅かな時間を嘆いて、涙を溢しているかのよう。

 アンリは弟のルークと共に路地裏を歩いていた。昼間でさえ人気の無いのに、深夜という時間帯も加わって一層静まり返っている。カツカツとブーツの音が響く中、屋敷を出るときから気になっていたことをアンリは聞いた。


「何故、今日の見世物小屋に上物が入ると知っていたんだ?」


 すると、よくぞ聞いてくれました! とでも言うように目を輝かせたルークが口を開いた。


「気になるか? そうだよなぁ! 聞きたい? 聞きたいよな! 俺は、あの日狩りで大物を仕留めてなぁ! 酒場で打ち上げを 「あぁ、お前は狩りが上手くてすごい。その話は後でたっぷり聞くから、今は 『上物』 のことだけ教えてくれ」


 話を途中で遮られ少しムッとしたルークだが、後で自分の武勇伝はちゃんと聞いて貰える。そう考えて気持ちを切り替えた。


「酒場でちょっと噂を聞いてな。今日の商品は半獣らしい。しかも、今度のは少し勝手が違うらしい。見る価値はあると思わねぇか?」


 馬鹿馬鹿しい。小人や人魚、果ては飛竜までもが存在しているこの世界で、半獣は珍しくない。

 半獣は突然変異で生まれるもので、人魚やケンタウルス等の種族とは全くの別物である。顔だけ人間で後は鳥というような怪物と言っても良いような容姿のものばかりだ。

 だから、半獣を産んでしまった母親は見世物小屋に自分の子供を売る。売られた子供は頃合いを見て、一部の金持ちに高い値で売られる。その後どのような扱いをうけるかは知ったところでは無いが。

 醜い子供を厄介払い出来る家族と、新しい商品を手に入れることが出来る商人。

 双方が特をするこの方法は、裏世界では日常茶飯事だ。


「おっ、会場に着いたぜ。中に入ろうや」


 その言葉に我に返ったアンリは、歩いている内に少しずれてしまった仮面の位置を直してカジノの地下へ続く階段を降りた。


 薄暗い階段を降りて、いつもは隠されている重厚なドアを開ける。妖しくライトが照らすそこには仮面を被り、色とりどりの衣装に身を包んだ人々が居た。

 奥には半円のステージがあり、深紅のベルベットの椅子がポツンと置いてある。あれに商品が座るのだろう。

 二人はステージが良く見えるが、観客からはほとんど見えないというルークの一押しの席についた。

 席について暫くすると、ステージの方に眩しいくらいの光が落ちた。


「こんばんは。紳士淑女の皆様方! 今宵も世にも珍しいものたちを、ご覧に見せましょう。今日の品はなんと! 半獣でございます! あ、今『また半獣か』と、思いましたね? 半獣は半獣でも、とても愛らしく美しい半獣にございます。」


 ペラペラと司会が仰々しい台詞を述べる。大袈裟な身振り手振りを交えて話す姿は道化師の様だ。


「それでは、ご覧に入れましょう! 商品番号154! 美しくも禍々しい半獣を!」


 その瞬間、ステージは暗転しホールは暗闇に包まれた。目の前にかざした自分の手も見えない墨のような黒に、女の悲鳴がどこからか聞こえる。

 通常では有り得ない演出にホールにざわめきが広がり始めた頃、また突然ステージに灯りが灯った。先程の目に痛い光では無く、ふわりとしたヴェールを何枚も重ねた光。

 照明のせいか霞がかったステージに、どう見ても異質なものが居た。椅子に埋もれるように座るそれの影は人間とは似て非なるものだった。


「おい、兄貴! ほら、頭の所見ろよ!」


 興奮を押さえきれない小声でルークが叫ぶように囁く。言われてよく見てみれば、頭部には大きな三角の耳、椅子から垂れているロープのようなものは尾なのだろうか。

 照明が変更されたのか、ステージが少し暗くなる。それに合わせて、舞台袖に待機していたらしい司会が登場した。


「ご覧ください。この極彩色に輝く瞳! 奇跡の肢体を!」


 強烈な光の筋が半獣に注がれる。少し顔を俯けて動かないその姿がステージから切り取られた。微動だにしない半獣に苛ついたのか司会が近寄って顔を上げさせると、たっぷりとした髪がさらさらと流れた。

 真っ白な陶器のような肌。今にも折れそうな華奢な体。椅子から溢れて床に流れる、ゆるくウェーブした秋の稲穂の色をした髪。そして、様々な色が混じりあった潤んだ瞳。


「兄貴......あれ本当に半獣か......? なにか別の種族じゃねぇのか......?」


 惚けたように呟く弟の言葉も耳に入らないほど、アンリは魅入られていた。スポットライトが四方八方から照らされて、半獣の瞳はゆらゆらと色を変える。

 どこか諦めた色を乗せた目が揺れる。深海の蒼、どこまでも澄み渡る薄紫、深い翠は古より続く森を思わせた。

 その時、半獣の瞳がどす黒い朱に染まった。それは禍々しく耀き、さながら血濡れた剣のようで。一瞬の事だったが、放心したように見つめていた観客に戦慄が走る。


「やはり半獣と言うものは化物だ! こやつもそのような見た目をしておいて、主人を喰うに違いない! ああ、良い気持ちで見ておったのに不愉快だ! 早く下げろ!」


 先程までは微笑みさえ浮かべていた顔に、汚いものを見るような表情を浮かべ、一人の男が言い放った。それに連れるようにホールのあちこちから罵声が飛ぶ。果ては物まで飛び交い始めた。


「ちょっ......いくら仮面をつけてて誰か分からねぇつったってこれはやり過ぎじゃねぇか? 危ねぇって! それに俺、何人か知ってるやつ見つけちまったぞ...。今日はもう帰ろうぜ。」


 こうなった観客は、もうどうにもならないと知っているルークはさっさと帰ろうと兄に声を掛けた。が、返事が無い。


「...兄貴? どうした?」


 ぼうっと半獣を見たまま目を離さない兄の肩を軽く叩くと、ビクッとしてこっちを見た。


「大丈夫か? 兄貴。気分でも悪くなったか?」


「いや...美しいと思ってな。私は、あの子をあそこから連れ出してやりたい。あの見えない檻から。」


「は?」


 何を言ってるんだ俺の兄貴は。

ここまで読んで下さりありがとうございます!

観客の罵声が飛び交うホールで「半獣を連れ出す」と、言い出したアンリです。『連れ出す=買う』の見世物小屋。ルークは動揺を隠せません。次回をお楽しみに...

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