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又四郎の奇策  作者: 嵯峨いさら
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 奇襲を成功させた義弘隊は木崎原に構えた。そして夜が明けるのを待った。

「殿、この原で迎え撃つのございますか?」

 旗本の一人が問う。

「忠智たちはよく戦い抜いてくれた。奇襲も成功した。ここまではおいの策どおりじゃ」

「されどこの広い原であの大軍を迎え撃つは無謀ではありませぬか?」

「ここからが正念場じゃぞ」

 義弘の表情はとても明るかった。

 東の空が徐々に明るくなり始めると、白鳥山にて義弘の策がさらに実行された。

「騒げ、太鼓を打ち鳴らせ、旗を掲げよ」

 森の中に響く権兵衛の命令とともに、山中に潜んだ山くぐり衆はじめ周囲の百姓や僧侶が一斉に雄叫びを上げ、太鼓を打ち鳴らし、軍旗を掲げる。

 早朝に陣を山中へ移そうと移動中だった伊東軍は、掲げられた島津の旗、太鼓や雄叫びを目の当たりにする。閨の声に一同動揺した。

「恐らく伏兵が潜んでいるものかと」

 伊東祐青は祐安に耳打ちすると、

「畜生。山を下りるぞ」

 伊東軍は下山を始めた。

 木崎原で朝を迎えた義弘はそっと地面に耳を当てた。馬蹄の音はすぐ近くまで迫っていた。

「合点。敵をまんまとおびき寄せたぞ」

 義弘は鞘から槍を引き抜き、馬に跨ると隊列の先頭に立った。

「始まるぞ。島津義弘の戦、とくと見るがいい」

 義弘は馬の腹を蹴ると先陣を切って駆け出す。対する伊東軍は山を下り、池島川を渡ると目の前から義弘が鬼神の如く迫ってくるのが見えた。

「いかん。これは敵の術中じゃ」

 祐信は叫んだ。

 しかし義弘は百人あまりを背につけて数千の敵陣に突っ込んだ。両軍は木崎原で入り乱れての乱戦になる。さらに加久藤城からは良賢隊が伊東軍の左翼から切りかかった。

「情けはいらぬ。斬って斬って斬りまくるのじゃ。一人で十人斬れば間に合うじゃろう」

 義弘は槍を振るうと一度に二人を串刺しにする。

 救援に駆けつけた良賢も次々に敵兵を切り伏せた。

「島津の武将は死を恐れぬのか……」

 祐安は声を震わす。

「死して尚敵を滅す。これが島津の戦です」

 正家は感心したように言った。

 時間の経過とともに戦況は数で圧倒する伊東方に転ぶのは承知していた。しかし義弘自身が敵陣深く入りすぎていた。

「いかん。このままでは袋の鼠じゃ。皆の者退け、退け」

 義弘は下知を飛ばす。そこはすでに敵に囲まれていて自分自身の退却が不能な状況に陥った。

「敵総大将は目の前じゃ。討ち取れ」

 敵の一人が槍を向けてきた。義弘は何とか槍を払うが、反動で落馬してしまう。まるで蟻地獄に落ちた蟻のようにもはや敵の餌食になるしかない状況下、馬を飛ばして良賢隊が駆けつけた。

「殿、ここは某にお任せあれ。急ぎ引き下がってくだされ」

 良賢は自身に溢れた清らかな表情をしていた。

「かたじけない良賢」

 義弘は馬上に戻る。

「殿、ひとつお願いがございます」

 良賢は目の前の敵を切り倒し、

「某の事、忘れないで下され」

 これが良賢の最後の言葉だった。

 良賢隊は義弘の捨て身となって息の根が止まるまで戦い続けた。そして遠矢良賢はじめ久留半五衛門、富永刑部、野田越中坊、鎌田大炊助、曽木播磨らが打ち果てた。


「敵が退いていく。追い詰めて留めを刺すのじゃ」

 祐安の下知で、後退していく義弘隊に背後から大軍の大波が襲いかかろうとしていた。

「まだじゃまだ走り続けろ」

 義弘は馬の尻を激しく叩いて叫ぶ。

 伊東軍は義弘を追いかけるために必死になると、隊列が縦長になった。そこを突き崩すように突然右翼に本地原から駆けつけた重候隊、後方に野間門からの友喜隊が挟撃を仕掛けた。

「ここまでじゃ。今から引き返して、もう一度打って出るぞ」

 川内川を渡ったところにある三角田まで来ると、伏兵の挟撃を確認し馬を翻した。

 伊東軍は三方を囲まれる形となってしまった。

「いつの間に伏兵を隠しておったのじゃ」

 祐安は困惑するしかなかった。

「数で有利でも挟撃となると話は変わります。しかしじっとしている訳には行きませぬ。打って出ましょう」

 正家は進言する。

「全て義弘の思う壺だったという事か」

 祐安の表情からは血の気が引いていた。

「この戦、もらったも同然。一斉に攻めかかれ」

義弘は叫ぶと疲労などもろともせずに再び先陣切って敵中に飛び込んだ。

「ちぇすと」

 の掛け声とともに薩摩隼人は決死の覚悟で敵を次々に切り倒していく。

 伊東軍は逃げるもの、斬り倒されるものなど統制は無く混乱に陥っていたが、そんな中でも顔色を変えて突っ込んでくる猛者が何人かいた。その一人、柚木崎正家と義弘は対峙した。

「某、柚木崎丹後守正家と申す。貴殿は島津義弘殿とお見受けいたす」

 正家の太い腕の先には漆黒の槍が握られていた。

「まさしく。その首おいが頂戴いたす」

 二人は二間ほどの距離を保ち、同時に馬の腹を蹴ると一気に距離を縮めた。

 互いの槍が宙で交差し、鈍い音が響いた。一発目は両者互角、馬を翻して二度目の攻撃に転じた。槍さばきの早かった正家の槍が義弘の首元を襲った。その時、義弘の愛馬が前足を折ってしゃがみこんだ。正家の槍は義弘の頭上で空を切る。義弘は槍を逆手に持ち返すと正家の胴を突き上げた。正家は落馬し、息絶えた。

「柚木崎正家討ち取ったり」

 義弘は渾身の思いで叫んだ。

「隙あり」

 叫びながら突進してきた騎馬武者は槍を振りかざした。

 義弘は馬を力いっぱい退いて槍を交わすと対峙の姿勢に入る。

「油断はせぬわ」

「ふふ、槍の名手丹後守ですら討てなんだか」

 男は槍を握りなおすと微笑んだ。

「哀れじゃな」

 義弘は余裕の表情で煽りをかけた。

「わしは比田木玄斎。貴殿の首を取ったあかつきには伊東家一の槍使いと名乗ってやろう」

「戯言を」

 義弘は先に仕掛ける。玄斎は軽く槍をさばくと反撃に転じてきた。玄斎の槍は義弘の右腕を掠めた。

「やりよる」

 思わず義弘は口にするが、一歩もひるまなかった義弘に動揺した隙を突いて首筋に槍を突き出した。玄斎の首は天空を舞っていった。

「殿、さすがでございます」

 義弘の戦いぶりを見ていた友喜がやってきた。

「相手にならぬわ」

 義弘は強気を言い放ったが、腕からは鎧の間を血が滴っていた。

「殿、腕のほうは?」

「案ずるな」

 血の気の上がった今、痛みは全く無かった。

「伊東はもはや万事休す。追撃の御下知を」

「皆の者、敵を追い詰めよ」

 義弘は叫んだ。

「鉄砲隊、一斉に撃ちかけよ」

 鉄砲隊を指揮していた重候は命令を出すと、木崎原に轟音がこだました。

「退却」

 伊東軍は完全敗北、次々と東へ逃げていく。そんな中、重候隊の鉄砲隊の被官、二階堂四郎左衛門の放った鉄砲が総大将の祐安を撃ち抜いた。祐安は馬上から転げ落ち、何とか立ち上がると抜刀する。しかし既に周りは島津の兵で囲まれており、最後は首を討たれた。

 総大将が討ち死にし大将も失い大量の兵を失った伊東軍は潰走していった。十倍ほどの数で圧倒的有利だった伊東軍だったがあまりにも無惨な結果に終わってしまった。

 木崎原の東に位置する小林に退却してきた伊東祐青は周りを見渡して指揮官がいなくなってしまったことに嘆くとともに、その場に崩れ落ちて涙した。伊東軍の損害はおよそ千人にも及んでいた。


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