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又四郎の奇策  作者: 嵯峨いさら
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 真夏の暑い太陽は空の真上に上がっていた。

加久藤城は目前の敵に備えて迎え撃つ準備はできていた。城代の川上忠智は城内で最も高い櫓の上から敵が近づいてくるのを馬蹄の音を聞いて確認した。忠智の隣には袴に鉢巻姿のお芳も据えていた。忠智は女と子供を加久藤城から西の大口城(城主、新納忠元)へ避難させるよう進言したが、お芳は猛反対し子供を城の安全なところに匿うと、お芳は女たちに薙刀を持たせて兵として扱った。戦乱の時代の女らしい行動に最後は忠智も認めざるを得なかった。

「伝令、飯野城から救援部隊が参りました」

 伝令を櫓の上で聞いた忠智は急いで下りると、城門を開けさせて良賢率いる部隊を城内に招きいれた。

「某、飯野衆頭領の遠矢良賢と申す。ここには救援に駆けつけた飯野衆はじめ馬関田衆、吉田衆が顔を揃えております。敵はすぐそこに来ておりまするぞ」

「あい分かった。救援誠にかたじけない」

「道中お疲れであったであろう。少しじゃが水と食糧じゃ」

 お芳は機転を利かして良賢達に水と食糧を与えて、体力回復をさせた。

 その頃日向と肥後の国境に位置する山中の堀切峠では戦闘が始まっていた。

 相良義陽率いる約五百の部隊は山道を悠々と進んでいたその時、道の先から爆音が轟いた。さらに爆音を合図にしたかのように人の喚き声や太鼓の音が鳴り響いた。相良隊は動揺のあまり軍を止めた。

「伝心」

 義陽は大声で呼んだ。

 伝心は後方から馬を駆けて義陽の元にやってくる。

「一隊なんじゃこの音は?」

「恐らく敵兵かと」

 伝心の顔は引きつっていた。

「敵は少数のはず。じゃがこの音からして千は超える兵がいるぞ」

「もしや、流言かもしれませぬ」

「謀られたか」

 その時森の奥から乾いた銃声がいくつも響き渡った。

「敵じゃ」

 銃弾はひとつとして当たってはいなかったが銃声と大軍が控えているであろう物々しい雰囲気の中、一気に隊が乱れると一目散に山を引き返すものが現れた。

 伝心は乱れる部隊を諌めようとしたが、義陽ですら混乱に陥っておりこのままでは戦にはならないとの判断で、相良軍は一斉に撤退を始めた。

 撤退していく相良軍を森の中で山くぐり衆が鉄砲、鐘、太鼓を片手に静かに見ていた。堀切峠での戦いはあっという間に幕を下ろした。


 伊東軍は悠然と城下の村に火を放つと城を囲んだ。

「敵兵二千は超えておるな」

 忠智は櫓の上でつぶやく。

「徐々に敵が集まってきておりますな」

 お芳は坦々と述べる。

「恐らく全て集まり準備出来次第総攻撃をかけてくるじゃろう。今宵が決戦時ですぞ」

 日が暮れた頃、加久藤城に堀切峠に潜んでいた山くぐり衆二十人ほどが入城し、相良軍は撤退したことが伝わる。この報告で城内の士気は向上した。

「そち達に頼みがある」

 忠智は早速山くぐり衆を集めた。

「何なりと」

 山くぐり衆の女が一人言った。

「伊東の軍に流言を流してもらいたい」

「容易い御用にござりまする」

 黒装束の女が率いる山くぐり衆は密かに城を出て伊東軍の陣内に流言を流す工作を行った。

「加久藤城は城の裏口が弱点である」

 流言作戦は功を奏し、まんまと乗せられた伊東軍は夜になると加久藤城に向けて動き始めた。敵は城の裏口つまり北側に廻りこんで攻撃を仕掛けてきた。

「今じゃ。攻めかかれ」

 忠智の号令とともに投石や銃撃で伊東軍の前線を攻めた。

 伊東軍は突然現れた城兵の攻撃に混乱、さらに裏口は城内で最も勾配のきつい断崖になっており伊東軍の兵は次々に射殺され、投石で生きた絶え、崖を落ちていった。

「登って来るものは全て討ち取れ」

 忠智は櫓の上から叫ぶと自ら鉄砲を手にとって、狙いを定め放った。放った銃弾は見事に兜武者の首を吹き飛ばした。

「ここは某にお任せあれ。城代は正門の守りを願いたい」

 良賢は巨躯を揺さぶりながら大槍を振りかざして叫んだ。

「任せるとしよう」

 忠智は鉄砲を担いで正門へ向かった。

 

伊東軍は裏口攻めに苦戦を強いられ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う兵士を馬上から見ていた大将の若将伊東又次郎と伊東祐信、伊東源四郎は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「なぜじゃ。なぜ敵兵が構えておる。それにこの断崖絶壁を攻めるなど無謀にすぎる」

源四郎はつぶやく。

「噂を流した兵士は間者であろう。とっ捕まえて首を刎ねてやれ」

 又次郎は顔を真っ赤にして叫んだ。

「落ち着くのじゃ。間者ならすでに姿はないであろう」

「夜を待ったのは違いだったかもしれませぬな」

 祐信は静かに言う。

「祐信。そなたは正門の攻めにかかれ」

源四郎はわずか十八歳の祐信に少数の兵をつけて正門攻めを命令する。

「ここで敗走しては殿の前で頭も上がらんわ」

 又次郎は馬の腹を蹴ると、源四郎の制止を振り切って裏口目指して突撃して行った。

 槍を片手に馬から飛び降り、壁のような断崖を片手一本で登ると向かってきた加久藤城の兵を二、三人切り倒す。

「我、伊東又次郎。いざ罷り通る」

 又次郎は槍を振るい、一人城内に入った。足元には味方の死体が転がりその姿は無残だった。頭に血が昇りきった又次郎は怒りに任せて目の前の敵をなぎ払う。

「これより前には通さぬ」

 暴れ狂う又次郎の前に良賢が立ちはだかった。

「その首頂戴する」

 又次郎は真っ先に槍を良賢に向けて振りかぶったが、良賢は槍を寸でで交わすと横一線、又次郎の首は宙を舞った。


 伊東軍は大将を一人そのほか緒将を失う大損害の裏口攻めを撤退し、正門からの力攻めを始めた。しかし正門も山を登る途中で銃撃、矢、投石の雨にさらされてなかなか前に進めない状況が続いていた。夜が刻々と深まるにつれて攻め手の不利は露骨に現われた。兵を撤収させ態勢を立て直すため本隊の待機する白鳥山の麓まで兵を引き上げるしかなかった。

伊東軍は途中の池島川まで撤退し足を止めると休息と取った。

 夏の夜は蒸し暑く、戦い疲れた兵士たちは甲冑を取って川で水浴びを始め、さらには酒を呑みはじめる者まで現われていた。

追撃は無いと安心しきっていた矢先、義弘率いる百三十の部隊が二八坂を飛び出して奇襲をかけてきた。

「突っ込め」

 義弘は部隊の先頭に立ち、鬼の形相で向かってきた。

「いかん、退け、退け」

 義弘隊は油断した敵を容赦なく次々に討ち取っていく。川で水浴びをしていたものはほとんどが死に絶え、川は真っ赤に染まる始末。

 この戦いの最中、義弘は大将の祐信と遭遇する。

「某、伊東新次郎祐信と申す。お相手願おう」

「あい分かった。おいは島津又四郎義弘。どこからでも来るがいい」

 若い祐信は義弘に見下された気分になり槍を振りかぶるが、力負けした槍は宙を舞う。祐信はすぐさま腰の刀を抜くが、義弘の槍先は確実に祐信の首を掻き斬った。

 大将をまた一人失い伊東軍は戦意喪失し、残された大将の源四郎はほうほうの体で退却を始めた。

「ここはお任せあれ」

 敗走する伊東軍で殿を申し出た米良重方、落合兼置は槍を手に義弘隊に突っ込んできた。

「向かってくる勇敢者がおるぞ。じゃが容赦はするな」

 義弘は鉄砲隊を呼び寄せると、殿の二人を射殺するよう命じた。

 重方と兼置、その二人に続いて戦う伊東軍の殿たちは顔色を変えて戦い続けた。義弘は深追いを止めさせると殿の兵士たちに一斉射撃を浴びさせ、重方、兼置はじめ十数人が倒れた。

「これまでじゃ。おいらも退くぞ」

 義弘隊は伊東軍への奇襲でさらなる打撃を与えると夜闇に消えていった。

白鳥山の麓まで何とか帰ってきた伊東軍は疲弊しきった表情で本隊の陣に入ると、総大将の祐安は罵声を浴びせた。

「数の上では有利であるというのに、なんて様じゃ」

「申し訳ありませぬ父上。少数であるが故、侮っておりました。されど敵には優秀な間者がおります」

「その流言に騙されたというのか?」

 祐安の問いに源四郎は黙り込むしかなかった。

「殿、恐れながら敵はあの島津義弘。やはり侮ることはできませぬぞ」

 祐安の隣に控える柚木崎正家は静かに言った。

「畜生」

 祐安は床几を蹴り飛ばして怒りを露にした。

「ここはひとまず、態勢を立て直し早朝から出直すべきと存じます」

「急げ。次の戦の準備じゃ」

 祐安の下知が夜空に大きくこだました。


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