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又四郎の奇策  作者: 嵯峨いさら
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 五月も目前にひかえた頃、伊東方の集結した総勢三千あまりの兵は佐土原城、支城の都於郡城からそれぞれ出陣し、祐安が待つ三山城に続々と集まってきた。伊東方の総大将は伊東祐安が任命され以下、柚木崎正家、伊東祐信、米良重方、落合兼置、伊東祐青、比田木玄斎、伊東又次郎、伊東源四郎ら猛将に加え伊東氏の将来を担う若武者も揃っていた。当主義祐は佐土原から自信を持って祐安率いる三千を送り出した。この戦で期待を寄せられた祐安は俄然自信と余裕にあふれ返っていた。

「皆の者良く聞け。この戦我ら伊東家にとっては大一番じゃ。何としても真幸院を奪い返し、薩摩進攻の足がかりを作るのじゃ。出陣は翌月三日と決めた。まずは総力で女、老人が城を守る加久藤城を落とす。飯野城には島津義弘という猛将がいる。されど数では圧倒的有利じゃ。さすがの猛将も手出しはできぬ」

 祐安は思わず込み上げてくる笑いを抑えながら、緒将に向かって声を張り上げる。

「義弘の首はこの丹後守が獲ってやるわ」

 家中でも槍の使い手で名が知れた柚木崎正家が吠えた。

「その手柄丹後守のものだけではない。わしも受けて立つつもりぞ」

正家と同格の槍使いの比田木玄斎が正家に続いた。

 この晩、三山城内では島津の武将の手柄について意地を張り合い、島津を下した行く末についてなど勝手気ままに話は広がって行った。

 その頃、肥後の人吉城でも伊東氏との結託どおり島津征伐の準備が進められていた。伝心は義陽に呼び出されて居室へ向かった。

「伝心、戦支度は万全かの?」

 義陽は床机に腰を据え、静かに言った。

「万端にございます」

「先ほど義祐から使いが来ての、伊東方の出陣は来月三日とするそうじゃ。我らもその日に合わせての出立にする」

「かしこまりました」

「で、兵はいかほどで?」

「五百は用意しております。島津は百にも満たない兵数です。それに伊東方は三千。我らは大層な兵は無用にございます。島津は挟み撃ちによって全滅するでしょう」

「されど薩摩からの援軍が来るとも限らん」

 義陽は用心深い男であるため、未だに勝機を確信することはできなかった。

「ご安心くだされ。薩摩方面は肝付の進軍に手を焼いております」

「真幸院一帯は捨て身であるか」

「はい。それに此度少数を用意したのは他でもありませぬ」

「と申すと?」

「伊東方と結託はいたしましたが、某の思惑は他にありまする」

 伝心は不適に微笑んだ。

「面白いことを言いよるの」

「殿には島津征伐の先も見据えていただけなければなりませぬ」

 伝心は続ける。

「此度の戦に乗ずるは伊東方に良き面を見せるためだけにあり、島津征伐の先にはいずれ伊東との戦が待っておりましょう。その戦を見据えて伊東方には島津征伐に多くの兵を投入してもらう。これが某の思案にございます」

「漁夫の利狙いというわけか。その話実に面白い。さすがよ伝心。では此度の戦はそちに任せる」

「御意」

 相良氏の野望は伝心の考えに委ねられた。島津征伐のための一時的な同盟にすぎない。伊東氏は相良の思惑にはめられて最後は島津共々滅びる。この戦の真の勝者は相良に有り。伝心の計画は静かに幕を開けた。


 元亀三年五月三日、早朝に伊東軍は三山城を出発。軍を西へと進め始めた。

 街道沿いの雑木林から黒の集団が伊東軍の姿をしっかりと監視している。

「動きましたぞ」

 黒装束に身を包んだ一人が声を発する。

「どこへ向かう?飯野城か加久藤城か」

 別の黒装束の者が言う。

 黒の集団、山くぐり衆はじっと行軍を見つめ軍の矛先に注目した。

 伊東軍は進軍から一刻ほどで街道の真ん中で足を止めた。先頭の総大将から後方の長い三千の隊列に指示が伝わった。森で監視する山くぐり衆の卓越した聴覚は伝達をしっかりと聞いていた。そして森から音もなく姿を消した。

 義弘は鎧兜に身を包み出撃の準備は整っていた。そこへ山くぐり衆からの報告が入った。

「伊東軍三千は加久藤城攻めを決めました。軍を二手に分け、その大半は加久藤城へ、残りは白鳥山ふもとへ向かいました」

 報告を聞いた義弘は勢いよく床机から立ち上がり叫んだ。

「いよいよじゃ。伊東のやつめ手薄の加久藤城から落としにかかるか。今すぐ支度をすすめよ」

「ははっ」

 家臣達は一斉に動き始めた。そして出立の準備が整うと、広間に家臣を集めさせた。家臣の中には権兵衛の姿もあった。

「敵は目前に迫っておる。決死の覚悟を決めよ。して、再度申す。おいに命を預けてくれ」

 義弘の言葉に家臣は「応」と声を揃える。

「貞真には城の守りを命じる」

「承知いたしました」

 貞真には約五十人の兵が付けられ飯野城の守り手に任じられた。

「権兵衛。そなたら山くぐり衆は二手に分かれ、一隊は相良の動向を探れ。もう一隊は白鳥山に潜伏を命じる」

「御意」

 権兵衛は力のこもった返事をする。

「重候。そなたは鹿児島の兄者に使者を送ってくれ。無理を言ってなるべく多くの援軍を頼むのじゃ」

「ははっ」

「残りはおいと出陣じゃ。心してかかるのじゃ」

「恐れながら殿」

 義弘の下知に口を挟んだ友喜は、

「敵は飯野城を堂々と素通りすることを考えれば、今城を出ては敵に気づかれ叩きのめされてしまいましょう」

「友喜案ずるな。おいもそのことは承知の上。されどこのまま城に籠もって守る性分ではない。隊を細かく分けて密かに城を出る。集合地は二八坂とする。集合次第、再度下知を申す」

 義弘は笑みを浮かべながら付け加える。

「敵は多数。されど少数のおいらは行軍に関しては敵を勝っておる」

 城の西側に位置する二八坂で約二百八十の兵が終結した。二八坂は雑木林に覆われた斜面であり兵を潜めるには十分であった。

 義弘は兵の先頭に立って辺りを見渡すと、あまりの兵の少なさで各将の表情がしっかりと分かった。

「皆の顔が良く見渡せるわい」

 義弘は少しおどけて下知を飛ばした。

 遠矢良賢隊約六十は加久藤城救援、五代友喜隊約四十は白鳥山ふもとの野間門へ伏兵として配備、村尾重候隊約五十は城の東に位置する本地原に伏兵として忍ばせ、義弘は残る約百三十の兵を率い、本隊として二八坂に陣を敷くことになった。

 二八坂の眼下には川内川とその先の扇状地木崎原が見られた。陣屋を組み立てている家臣たちの隣で義弘は手の親指の爪を噛みながら考え事をしていた。

 友喜と重候を南と北に伏兵として忍び込ませたのは大軍で動きのとりづらい伊東軍を挟撃するつもりであったが、実際三千の敵に伏兵で奇襲をかけても成果を上げられる可能性は低かった。しかし義弘は味方を信じ、その一点に賭けた。もう後戻りはできないでいた。義弘は腹を括った。

「来い。おいが思う存分相手してやる」


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