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四月に入りいよいよ新緑の本番を思わせる頃、相良氏が伊東氏の島津征伐に乗ずることを決めると早速佐土原城で犬童伝心と伊東義祐の談合が行われていた。
「此度援軍要請に対するご決断、まことに有難き幸せにござる。義陽殿が加担していただければ島津も一捻りにできましょうぞ」
義祐は自身に満ち溢れた表情を浮かべていた。
「こちらも感謝の意を表します。志は同じ島津の滅亡にござる。南薩摩は肝付連合による進攻で四苦八苦しておる。まさに今が好機でありますな」
伝心は不気味に微笑んで続ける。
「して伊東方はいくらの軍を揃えておられる?」
「まずは三千ほどを揃え、揺さぶりをかけます。真幸院の兵は千にも及ぶまい。初戦で大方勝敗は決するでしょうな」
近頃、城下の農民たちより真幸院一帯は募兵が間に合っておらず戦に対応できるだけの兵が集まっていない。さらに真幸院の中心を担う加久藤城は義弘の妻子をはじめ女子や老人等の非戦闘員の配備に留まっているなどという噂が周辺を飛び交っていた。その噂は伊東領内に広がると当主自身も信用するほどになっていた。
「いかにして攻められるおつもりじゃ?」
伝心は表情ひとつ作らず問うと、
「進攻は皐月になりましょう。まずは加久藤城目指して東進いたす。相良様には北から進攻してもらいたい。この狭撃で島津は四面楚歌となりましょう」
「なるほど、では問いましょう。島津方の大将は島津義弘という男。その男についてはいかがお考えかな?」
「あの男は危険でござる。されど数で圧倒すればあの男も敵いますまい」
「貴殿は城下の噂を信用しておられるのか?」
「噂は噂にござるが、まもなく噂は真実に変わるでしょうな。実際あの地域に早々兵が集まるとは思いませぬ。伝心殿、心底我々を信用してくださればそれでよいのです」
伝心は表情を作らず義祐の言葉を聞き入れたが、その自信みなぎる根拠に一抹の不安を感じていた。
飯野城に日向国へ流した噂、伊東氏と相良氏が結託しているなどの情報が権兵衛から伝えられた。権兵衛から工作成果が伝えられるとすぐに評定を開いた。
「いよいよにございますな」
友喜はここ最近伊東氏との戦にうずうずした気持ちを抑えられないでいた。
「伊東は目前まで迫っておる。この戦は死を見据えたものになるであろう。我らは背水の陣じゃ。武士として戦場での死を恐れてはならぬ」
義弘は一呼吸置いてから、
「皆の者、この義弘に命を預けてくれ。これがおいの最後の頼みじゃ」
最後、と言い放ったのは義弘自身死が迫っていることを心中理解していたからであった。集まった家臣達は義弘の決死の覚悟に立ち上がり手を上げた。兵数に反比例するように士気は最高潮に達していた。
「先鋒は某にお任せあれ」
友喜は拳を天に突き立てて叫んだ。友喜に続けとばかりに他の家臣たちも次々と先鋒を願い出た。高潮していく評定の中で義弘は静かに目をつぶると残りの評定を貞真に託して一足先に広間を出た。
広間を出て長い廊下を進む。後ろの広間からは未だに家臣たちの決起の雄叫びがこだましている。廊下の突き当りを直角に曲がると義弘の居室で思いにふけた表情で戸を開け中に入った。
居室の中で広間から聞こえてくる声にそっと耳を澄ませ、居室の前に広がる庭を一点に見つめた。南国は夏を迎えるのが早い。そのため四月中頃から新緑が始まり、日中の日差しもムシムシして暑い。
「いかにして連合軍を迎え撃つか」
義弘の最大の悩みはここにあった。
飯野城は義弘が入城する前までは加久藤城の防御拠点の役割でしかなかったが、義弘が入城すると真っ先に城の整備と拡張を進め、加久藤城に劣らない山城に変えた。改修に手こずって募兵が進んでいなかったのも事実である。いまや加久藤城同様に自然の要害を上手く利用した攻めに不利、守るに有利な城だけあって籠城戦にも多少の自身はあった。しかし、籠城は後詰めがあってこそ成り立つものであり、今現在薩摩方面からの充分な援軍は期待できなかった。その上、義弘自身籠城戦を嫌っていた。
義弘が居室で一人悩みこんでいると、いつの間にか城内は静かになり今度は城外で戦支度を行う慌しい喧騒が響き渡っていた。するとそこへ貞真がひょっこり尋ねてきた。貞真は落胆した表情を浮かべている。
「どうした貞真。顔色が悪いぞ」
義弘は気を取り直し、からかうように言った。
「誠に恐れながら、某は怖気づいているかもしれませぬ」
「それはこの中の誰もが思っているじゃろう。しかしおいらは薩摩隼人じゃ。打って出て死に誘われるが本望じゃ。されどやるからには一人でも多くの敵将を討たねば天国へは行けぬわ」
「さすが殿は戦人でありますな。経験が物言うとはこのことですかな」
貞真は義弘の自信に影響されたのか、声は先ほどよりはるかに明るくなっている。調子よく続ける。
「して、此度の島津の戦は如何なものになりましょう?」
「籠城戦は行わぬ。城外で迎撃するつもりじゃ」
「こちらは加久藤城も含めて総勢三百に届くか届かぬか、伊東方は数千、さらに相良方が加わればどのくらいになるか分かりませぬ」
「戦は兵の数に値せず。志と技量の数が多いほど有利になる。敵の兵数は多いのは確かに恐ろしいが、今更踏みとどまっても数に変わりはない」
義弘は目つきを変えて貞真を叱咤した。
「承知いたしました」
「それにな貞真、兵が多ければそれだけ動かすのも困難。此度は地勢で一本頂いておる」
義弘は不適な笑みを浮かべ、
「地の利を生かすも軍略の一つじゃ」