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又四郎の奇策  作者: 嵯峨いさら
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 翌年(元亀三年)の正月が過ぎた頃、義弘の元に長寿院盛敦が訪問してきた。

義弘は盛敦の訪問を大歓迎し、早急に食事と酒の準備をさせ盛大にもてなした。

「これだけの歓迎、誠に有難き幸せにございます」

 盛敦は目の前に並んだ豪勢な食事を目の前にして笑みをこぼした。

「おいはそなたを頼りにしているゆえ、此度は飯野でゆるりとすごされよ」

 義弘の隣には盛敦を連れてきた重候を饗応係として控えさせた。

「まずは義弘様のお気にかかる鹿児島の年越しですが、当初は肝付の進攻を危惧されていましたが、年越しは静かに行われました。そこのところご安心くだされ」

 盛敦はこの時まだ二十五歳の若輩者であったが、剃髪していたこともあってか、風格は大人びて見えた。

「それはひとまず安心じゃな」

 例年、年越し時に家臣が鹿児島の義久の元へ祝賀訪問に行くのが年中行事であったが、この年は近隣国の情勢を考慮して義弘達日向方面の祝賀訪問は免除されていた。

「そなたを呼んだのは他でもない。承知のとおりここ最近は肝付同様に伊東方の動きが気になっておっての。注意を払っておるところじゃ。そこでそなたには頼みがあっての」

「頼みでございますか。何なりとお申し付けくださいませ」

「此度伊東方の情勢を探るため、山くぐり衆から男女五十人ほどをこちらによこしてもらいたいのじゃ」

「容易い御用にございます。ここ数ヶ月は私、殿からのお呼びもなく暇を持て余しておりました故、金峰山に籠もって衆の教育に力を入れておりました。精鋭の若者を揃えております」

「未だに兄者はそなたと距離を置いておるのか。まあ良い。おいはそなたが心強い存在じゃ。精鋭の若者とあれば、これまたうれしい限りじゃな」

 義弘は酒を一杯飲み干すと満面の笑みで笑った。

「では早急に一団を組みましょう」

「そうしてくれ。早急に精鋭を集めてよこしてくれ。そなたには重候を同行させる故、困ったことがあれば重候に相談してくれれば良いぞ」

「御意にございます」

 その晩、盛敦は夜遅くまで杯を交わし、翌日の早朝に重候とともに鹿児島方面へ戻っていった。

 昨年末から義弘は家臣たちに兵集めに勤めさせていたが、戦続きだった南日向の豪族や民兵たちは疑心暗鬼に陥っており戦をやると決める者が予想以上に少なく、思うように募兵できない状況が続いていた。義弘は伊東氏が真っ先に攻め込む拠点は飯野城、加久藤城一帯の真幸院であると見ていただけに、兵の少なさに焦りを感じ始めていた。そんな頃に盛敦と重候は山くぐり衆を引き連れて飯野城へやってきた。

 山くぐり衆は義弘が一年前くらいから盛敦に依頼して募集、教育させていた諜報組織、いわば忍集団である。組織は年が十代前半ほどの若者を中心に構成されていた。義弘は山くぐり衆に伊東氏と相良氏の内情を探らせ、情報戦の先手を打つことを決めた。

 

春もふけようとした弥生月の頃、肝付氏が水軍とともに再三にわたって鹿児島へ再進攻した。しかし肝付の軍勢は義久率いる軍に追い返されては舞い戻ってくるという一進一退の攻防が繰り広げられた。

 そんなある日、山くぐり衆の一人が飯野城へやってきた。その者は権兵衛といい伊東氏領内へ潜伏する衆の頭領の一人であった。

「ここ二月程、伊東領内を探りましたがとうとう動きがありました」

 年は十五歳ほどの子供であったがその佇まいは堂々としている。

「いかなる動きじゃ」

 義弘は報告を心待ちにしていたため、思わず身を乗り出した。

 山くぐり衆五十人は大きく三隊に分かれ、一隊は伊東方の城内、もう一隊は城周辺の村落など、最後の一隊は肥後国の内情を探っていた。権兵衛はその中でも城内を中心に探る一隊の主任を任されており報告によると、佐土原城、都於郡城に多くの兵が集まってきているという。その数は千から二千に及ぶと権兵衛は付け加えた。

 報告を聞くと義弘はその数に驚くほかなかった。

「千から二千となると精力を挙げて兵を集めているということか……」

「別隊によると肥後の相良もどうやら動き出そうとの報告も耳にいたしました」

「肝付は禰寝や伊知地と連合を組み、伊東は相良と手を結ぶということか」

 義弘は小さく深呼吸して、

「承知した。さらに動向を探るのじゃ」

 権兵衛はすぐさま現場へと戻っていった。

そして義弘は急いで家臣を集め評定を開く。

「皆の者、心して聞け」

 広間に集められた家臣たちは義弘の動揺している様に固唾を呑んで耳を傾けた。

「まもなく戦になるやもしれぬ」

「して相手はいずこですか?」

 友喜は真っ先に切り出した。

「言うまでもない。伊東じゃ」

 そもそも南日向には伊東攻略のために配備されており、誰もが一刻も早く日向進攻を進めたいと思っていた。義弘の言葉に家臣たちの目は血走り活気付こうとしていた。

「で、伊東への進攻はいつでございましょう?」

 友喜は自信満々に問う。しかし義弘はすぐさま率直に伊東が数千の軍勢で攻めてくることを伝えると、家臣の目は一気に自信から不安に変わってしまい、いつも家臣の中で最も強気な友喜ですら二の句が告げなくなってしまった。

「いよいよ噂が現実のものになりましたな」

 貞真は深刻そうな表情で言葉を並べる。

「貞真。飯野の兵はどのくらい集まるのじゃ?」

「二百程度というところでしょう。加久藤城の方はさらに少ないかと」

 貞真は伊東家が進攻するとすれば飯野城、加久藤城を確実に仕留めてくると考えていた。

「極めて状況は難しいな」

 重たい空気の中で評定は進んでいくと、義弘はこの雰囲気の中での士気低下を恐れ結論を出さないまま評定を解いた。家臣たちが肩を落として広間を去っていく中で、義弘は重臣の貞真、友喜、重候を広間に残した。

「そなたらに頼みがある。明朝、城下周辺の調査を行うゆえ同行するのじゃ」

「御意」

 三人は口を揃え、義弘は忙しなく広間を去ると残った三人は自然と無言のまま顔を見合わせた。

「なんという事態じゃ。このまま真正面から伊東とぶつかればせっかく手にした真幸院を奪い返されてしまうわ」

 友喜は強い口調でつぶやく。

「殿は先ほど申されなんだが、相良にも動きがあるそうです。恐らく攻めてくるなら二面攻撃かと」

 評定中もずっと堅い口を閉ざしていた重候の言葉に二人は驚嘆する。ますます悩みの種は大きくなるばかりであった。

「殿の明日の調査とは一体なんぞ」

「野戦で殿の右に出る者なし」

 貞真は言い放った。

「なるほどな。野戦で迎え撃つための調査、というわけか」

「殿には何か秘策がある。と信じるしかないの。そしてわしらは何としても殿をお守りし、付いていかねばならんな」

 三人は絶体絶命の状況下、主への忠誠を再確認するのであった。


 飯野城は南に川内川が流れ、城の建つ丘陵の東西も支流で囲まれていた。城から西へ向かうと、ちょうど加久藤城との中間地点に川内川と池島川の三角州が存在し、三角州内は平原が広がり木崎原と呼ばれていた。

 義弘は貞真たちを共だって飯野城の西に位置する二八坂という山麓を通過し、二八坂から南へ向かい川内川沿岸の三角田を通ると、川内川を渡り木崎原まで来て馬を止め、辺りを見回した。

「殿、何か?」

 隣に並んだ貞真が馬上から言葉を投げる。

「この原はちょうど加久藤城、飯野城の中間地じゃ。野戦で迎え撃つとしたらここは絶好の地となるかと思っての」

 義弘はさらに木崎原の南方にそびえる白鳥山(標高一三六三メートル)方面に目を移らせると、

「あの山周辺は重要な用地となるやもしれぬな」

 義弘そう言って馬を進めた。

その後も地形をこと細かく見ては思い悩んだような言葉や態度で先を進んでいった。同行する貞真たちはただ言われるまま付き添い、頷くことしかできなかった。

 義弘は拠点周辺の調査を終えると馬を翻し「会いたい男がいる」と言い、川内川支流の飯野川を上流へ進む。川沿いの道の反対側は深い森で覆われており、さらに道は途中で途切れていた。馬を行き止まりで留めると下馬した。

「しばし待つのじゃ」

義弘の命令どおり川のほとりでしばらく待っていると、川の上流方面から人影がゆっくりと向かってきた。貞真はもしものときに備えて腰の鞘に手をかけようとしたが、義弘はそれを手で制した。やってくる男は無精髭を口の周りいっぱいに蓄え、体躯は上にも横にも大きくその姿はまるで熊のような野武士だった。

 男は義弘の前で片膝をつき、

「それがし飯野衆頭領の遠矢良賢にござる」

 貞真たち家臣は思わず顔を見合わせた。良賢は飯野衆として飯野城に入城したときから義弘に仕えていた国人衆であった。

「久方ぶりじゃの」

 義弘は嬉しそうに言うと後ろを振り返り自慢気に、

「この男良賢はとても信頼なる男じゃ。此度の戦では大いに働いてくれるじゃろう」

「戦にござるか?」

 良賢はきょとんとしていたので、迫り来る伊東家との戦について詳細を話すと義弘は、

「戦に際してそなたは飯野衆とともに飯野城へ入るのじゃ」

「御意にございます。我ら命に代えましても殿に仕える所存でございます」

 良賢は最後に頭を下げると再び上流へ戻っていった。家臣たちは終始訝しい表情のままやり取りを見ていたが、義弘は旧友に会ったかのような満面の笑みを浮かべていた。

「殿、恐れながらあの者は?」

 友喜は問う。

「実は四年前、菱刈氏との戦のために城を空けたとき城代として置いていた男じゃ。そのとき不意を付いて進攻してきた伊東軍を蹴散らしたのじゃ。その上、あやつらはこの地域の事情に詳しい集団じゃ」

 義弘一行は終始上機嫌で帰城してきた。


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