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又四郎の奇策  作者: 嵯峨いさら
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元亀二年秋、とうとう薩摩周辺で動きがあった。大隅の肝付氏が兵を挙げたのだ。さらに肝付氏は十七代当主、肝付良兼を筆頭に大隅の国人衆の禰寝氏、伊知地氏と連合を組み海から鹿児島へ押しかけたという知らせが飛び込んできた。

 知らせを聞いた義弘は飯野城に家臣たちを集めて評定を開いた。

 城内御殿の二十畳ほどの大広間には、上段に城主の義弘、下段には有川貞真、五代友喜(ともよし)村尾重候(しげあり)をはじめとする重臣が並んだ。

「まずは鹿児島の状況報告を述べよ」

 義弘の問いには貞真が歩み出て報告を始める。

「報告によりますと肝付はじめ連合軍は軍船で海上から鹿児島へおしかけたそうですが、義久様はじめ鹿児島に滞在中の諸将によって難なく撃退されたとの事です」

 義弘は一報にひとまず胸を撫で下ろしたが、貞真はさらに続けた。

「肝付の動きに共だって伊東方にも不穏な動きありとの情報も入っております」

「やはりご隠居逝去につけ込む気であるか」

 真っ先に目を血走りさせながら吠えたのは貞真と共に家老を務める五代友喜だった。友喜はこの時三十二歳で最も働き盛りの武将で、義弘の飯野城入城の折に家老に任じられ、家中の中でも群を抜いて血気あふれる勇将であった。

「こりゃ大層なことになりそうじゃ」

 周りに控える家臣たちも友喜に呼応して声を上げた。

「まあまあ落ち着くのじゃ」

 貞真は一気に熱を帯びた大広間を何とか諌め、義弘の考えを促した。

「伊東が動くのは大方予想の範囲じゃ。されど飯野に来てまだそう時間はたってはおらん。募兵もまだ成り立ってない今、伊東の動きには細心の注意が必要じゃな。しっかり様子を見計らってから動くことじゃ。重候」

「ははっ」

家臣の中でも若年、色白で女子のような面をした男は一歩前に出た。この男村尾重候は当時二十二歳の新米武将。元は祁答院氏の小姓で、祁答院氏が五年前に没落すると義弘に取り立てられ仕えた新参者であった。家中でも未だになじめない部分もあったが、義弘は彼の将来に期待を寄せていた。

「そなたは急ぎ鹿児島へ向かい盛敦と連絡を取るのじゃ」

 「盛敦」とは島津氏家臣の長寿院盛敦のことである。盛敦は三歳から高野山や根来寺で修行を重ねた若僧で、この当時は鹿児島の義久の下に置かれていたが義久とは馬が合わず関係は怪しい面があった。

「重候以外の者どもは募兵を急ぎ、急な戦にも対応できるようにしておくのじゃ」

 義弘の下知に一同が「御意」と声をそろえるとまもなく評定は解散された。


 その頃伊東家では、肝付進撃の知らせを受けて祐安が居城の三山城から東におよそ十里半離れた佐土原城に呼び出された。

「いよいよ肝付が動きよったわい」

 義祐の表情は明るく上機嫌が伺えた。

「では真幸院への進撃はまもなくでございますな」

 祐安も義祐の機嫌に乗ずるように言い放った。いよいよ殿は戦をする気になったと確信した。

「そう焦るでない」

 義祐はやさしく微笑みながら言った。祐安は目を丸くしたまま咄嗟に、

「今動くべきと存じあげます。島津が肝付の対応に手を焼いている時こそ攻め込む好機でございますぞ。なにとぞ御下知を」

 祐安は必死になって言った。しかし義祐は手元の茶器を取り上げそれに見とれてしまった。

「殿」

 祐安は一層声を張り上げた。

「焦るでないと申しておろうが。そちを呼んだのは他でもない。そちには一役買ってもらいたいのじゃ」

「一役ですか?」

「そうじゃ。そちには相良と交渉を進めてもらうぞ」

 祐安はその一言で納得した。

「殿の仰せのこと、分かりましたぞ。相良と手を組み両面から攻め込むということでござるな」

「そうじゃ。そちはやはり察しが良いの。分かったのであれば早急に支度いたせ」

「御意」

 祐安は清々しい思いで義祐の居室を出た。殿は慎重すぎると思っていたが、今回ばかりは殿の思案が得策だと自ら諌めながらの帰城になった。

 相良氏は肥後国南部の戦国大名でこのときの当主は相良義陽であった。十年前までは島津氏と相良氏が結託して伊東氏領内への進攻を企てていたが、伊東氏は逆手に取り、今度は相良氏と伊東氏が結託することで島津氏を両面から攻める方針へと動いていた。

 三山城に戻った祐安は早速家臣を引き連れて直々に人吉城へ向かった。人吉城は三山城から北西に位置し、日向国と肥後国の国境には九州山地西部の高山が並び、峠越えは容易ではなかった。

 祐安一行が人吉城に到着したのはこの年の冬初めの頃であった。

 人吉城は南を球磨川、周りを山に囲まれた自然の要塞であったが、この頃はまだ城郭整備もほとんど行われることなく、櫓を配した大規模な侍屋敷ほどのものでしかなかった。

 祐安一行は城に着くと小姓に案内され、城内御殿の対面室で待つように言われた。祐安一行が人吉に入るまでに相良側には義祐からの書状が届いている手はずになっていた。

 祐安の隣に控える祐安の子、源四郎が不安気な表情で訊ねた。

「父上、此度の密約。相良側は承知の上でございましょうか?」

「案ずるな。殿がここにつくよりも前に書状を送られている」

 祐安は自身に満ちた表情で言ったが、すでに対面室で半刻以上待たされていたので心中少々の不安があった。

 ようやく上段に相良側の者が出てきた。その者は頭を剃髪した年老いた男であり、当時三十歳手前の義陽とは似ても似つかぬ男であった。

「待たせてしまって申し分けない。某、犬童伝心(頼安)と申す。此度主の急病のため、名代として参上仕った」

 伝心は低く丁寧な口調で言った。

「義陽殿は急病でござるか?それはそれは」

 祐安の思ってもいない展開だった。

「されどご安心なされ。義祐殿からの書状は殿も承知の上でござる。それに伴って殿から言い伝えられた事を某は申すのみでございます」

「それはありがたい」

 祐安は胸を撫で下ろすと続ける。

「で、率直にお聞きしたい。此度の島津攻め、御加勢願えるのでしょうか?」

 伝心は祐安の問いに不気味な笑みを浮かべ、

「殿は、思案中との事。ゆえにしばし時間を与えてもらいたい」

「我らは早急にも手を打つべきと存じます。そのためには相良殿の御加勢が必要にござる。今すぐにでも返事を戴きたいのです」

「これから冬を迎える。日向までの峠は冬場になると積雪のため行軍が困難になる。万が一我らが加勢すると決めたところで、越冬を待つことになろう」

 伝心は低い口調で坦々と応える。

 祐安は伝心の異様なまでの威圧間に押されてしまい二の句が告げなかった。

「悪いことは言わぬ。此度は帰国されよ。義祐殿の熱意は受け取った故、後日良き返事をするとしよう」

 祐安一行は追い返されるようにして人吉城を出て行った。祐安自身、義祐の送った書状の内容は知らなかったが容易なはずの面談が不発に終わり複雑な気持ちで帰国することになってしまった。尚この後相良からの返事は全くないまま年越しをすることになる。


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