自己紹介をしました。……名前をスルーされました。
あたしが自分の名前を名乗ると、
「あおい、みふゆ。……みふゆ、が名前ですか……みふゆ……みふ…………ミーフュ?」
と、ロン毛の彼はいったんあたしの名前を正確に発音したにもかかわらず、何回か口の中で転がした後、なぜかわざわざ訛って言い直した。
そして、とりあえず自分のことはエリックと呼ぶように、と言った。本当の名は長いので、普段はこれで通してるから、と。
どうやらこの世界では『名前を呼ぶこと』について何やら制約がるらしい。……ファンタジーっぽいな。
で、彼はやっぱり魔法使いで、それなりに力があるので、『隠棲したい』ってえらい人に申し出たら、『だったら弟子を取れ。少なくとも三十人』とむちゃぶりをされたのだそうな。
三十人といったら、学校の一クラスよりは少ないけど、教える方は彼一人だよ。たしかに無茶だ。
「……あのー、何でそんなむちゃぶりされたか、訊いてもいいですか?」
微妙に言葉づかいを丁寧に修正する。
だって、弟子を取るよう要請されるなんて、見た目が若いのはともかく、魔法使いとしてそれなりの年季が入ってる人だと判ったから。
「うーん……王宮周辺で使われている魔法を統一してしまったことが大きいですね。あとは……」
不意にエリックの穏やかな表情に黒い笑みが混じる。
「王宮に蔓延ってた魔法使いたちをあらかた駆除したから、でしょうかね。……新しい魔法使いを養成するための、受け皿がないんです」
「く、駆除……?」
今なんかサラッと怖いこと言ったよ、この人! Gで始まる虫と同じ扱いですか! 駆除って。それに何か……変換ミスかな? エリックの雰囲気に似合わない罵倒語が聞こえたような……
「ああ、誤解しているかもしれませんが、命までは取っていませんよ? それまで吸っていた甘い汁の分、国に貢献していただかなくてはなりませんでしたから。それに、私一人で実行したわけでもありませんし」
……そういえば、駆除『された』ではなく、駆除『した』って言ったな、この人。ということは、王宮でもかなり上か、その周辺にいた、ってことだよね。引きこもる前は。だとすると、例のむちゃぶりをした人は、……王様、とか?
「まあ、私の方の事情は追い追い話すとして……貴女の方の話をお伺いしましょうか? その服装からすると、ずいぶん遠くからおいでになったようですが」
……ああ、服。やっぱりお約束で、このスカート丈は「はしたない」って言われるのかな。
「あー……はい、えっとぉ、たぶんですが、私は、この世界の人間ではありません」
「うん。それで、どうやってここへ?」
サラッと流された! 間髪入れず! もしかして、『異世界人』ってここではよくあることなんだろうか? だとしたら、帰る手立ても……
「……あー、ごめんね。何か期待したかもしれないですが、期待に添えるかどうかは、ちゃんと話を聞かないと判りませんから」
「あ……はい、そうですね……」
そうか。話を聞きたがる、ってことは、あたしは『召喚』でここにいる、というわけではない、ということか。ちょっとがっかり。
あの床に描かれていた意味深な模様は、いわゆる『召喚の魔法陣』ではなかったんだな。
「でも、どうやって、といわれてもあたしにはさっぱり……」
そんなこと、こっちが知りたい。あたしは一年生に図書委員の仕事の説明をしていただけなのに。