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王立魔法学院の司書  作者:
長い一日
4/21

身振り手振りでも意思は伝わります。……が。

「……どうぞ」


 目の前にカップに入ったお茶(推定)がすっと出された。

 なぜ『(推定)』かというと、そのカップの中の液体の色が薄い紫色をしているから。綺麗な色だけど、匂いは普通の緑茶。ハーブティーならこの色もありかも、と思うが、視覚と嗅覚のギャップが手を出すのを躊躇わせる。

 すると、警戒してると思ったのか、お茶を淹れてくれたロン毛くんが、同じポットから淹れた自分のカップを優雅な手つきて摘み上げ、口元へ運ぶと、……がぶがぶっと一気呑みした。

 ごくごく、じゃないんですよっ!

 がぶがぶっ、です!

 ……熱くないんだろうか。


 あ、そうそう。言葉の問題だけど、わりとあっさり片が付きました。

 この、ロン毛くんのおかげで。



 書庫から外に出たロン毛くんは、誰かを呼ぶような口調で一声叫んだ。すると、緑色の半透明な人が滲むように現れた。たぶん使い魔とかそんな感じの人?

 半透明、といっても、幽霊っぽい感じじゃなくて、ゼリーとかグミみたいな。ぷるぷるはしてないけど。でも、ガラスよりは柔らかそうな。

 あたしが使い魔の人(推定)の質感が何に似てるかについてあれこれ考えている間に、ロン毛くんは指示を出し終えたらしく、緑色のひとは一礼して姿を消した。……緑のひととのやりとりをみると、ロン毛くんはあたしが思ったよりも年上なのかもしれない。

 こちらに向き直ったロン毛くんがあたしの目の高さに握り拳を出して何か言いました。たぶん、「受け取れ」みたいなことを。

 あたしが手を出すと、手のひらの上に緑色のビー玉のような物が落ちた。手で触った質感はビー玉ですが、見た目がゼリーっぽくて、手を動かすとかすかにプルプル揺れる。色といい質感といい……あの緑のひとの体の一部、っぽい。まさかね。

 しばらくビー玉グミ(仮)を手の平の上で転がして遊んでいると、ロン毛くんがそれを口に入れろ、と、身振りで示す。

 ……軽く水洗いしたいんですが。それはちょっと失礼でしょうか。

 思い切って口にほうり込みました。すると。

 溶けた!

 本当に一瞬で溶けましたよ!

 舌に触れた感触がしたと思ったら、次の瞬間、もう口の中にないの!

 グルメリポーターもびっくりの瞬消!

 後味も何もなしだけど!


「わーびっくり」

 思わず棒読みでつぶやいてしまいましたよ。

 すると、くすくすと横で笑ってる雰囲気がします。

「これで言葉が通じるようになったはずだけど。……私の言ってることが解りますか?」

 ロン毛くんは意外なことに敬語キャラだったらしい。いや、まだ少ししかしゃべってないし、俺様って顔立ちでもないけど。

「あー、解ります。……たぶん」

「たぶんなんですか」

 くすくす笑いが続きます。笑うと年齢不詳の顔がいっそう幼く見えますね。

「まあ、聞き取りに問題がなければいいでしょう」

 そう言ってロン毛くんは体の向きを少し変えました。

「少し休憩にでもしようと思っていたところです。……ご一緒にお茶でもいかがですか?」

 そう言われて『いいえ』と断った場合どうなるのでしょうか。この場に置き去り、ですか。それは勘弁してください。

「はい。お願いします……お手数を掛けます?」

 まあ、この場合の『お茶でもいかが?』は『事情聴取(OR説明)しますよ』の婉曲的な言い方でしょうから、逆らわないのが筋、ですね。



 という訳であたしは今、ロン毛の彼とテーブルで向かい合って、カップに入った薄紫色の液体を見つめている。

 体に害のある物でないのは、彼が今一気呑みして見せてくれ、今もお替わりを口に運んでいることで証明されたようなものなのだが。

 とはいえ。

 この液体が、『お茶』と呼ばれているからって、あたしが知っている『お茶』と同じものだとは限らない(すくなくとも色はあたしの知っている『お茶』の色ではないし)。

 そもそも一般的にいう『お茶』は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹である『チャノキ』(Camellia sinensis)の新芽ないし若葉を(蒸したり揉んだり発酵させたりと、途中経過にバリエーションはあるけど)乾燥させたものなのを指す(この辺の蘊蓄は大兄ちゃんの受け売り)。この世界(一言で場所を移動したり、緑色のひとが現れたりした時点でタイムスリップ説は捨ててる)に『チャノキ』があるかどうか、判らないのだから、これはあたしの知っている『お茶』とは違う可能性が高い。

 ここで正直に告白します。あたしはコドモ舌なのです。

 甘いもの大好き、刺激物苦手、初めて見る食材は一応警戒する。……な人なのです。

 とはいえ、せっかく出されたものに口を付けないのはマナー違反。

 あたしは意を決してカップを持ち上げ、ふーふーと『お茶』の表面を吹いた。……実は熱いものも少し苦手なのだ。

 おそるおそるカップに口をつける。匂いは緑茶に似ている。目をつぶると緑茶としか思えない。カップを傾け、ほんの少し、口に含むと。

「……甘い」

 匂いから緑茶の味を想像してしまったためか、舌に感じる甘味に驚く。ほのかな甘み、なんてもんじゃなく、しっかり甘い。砂糖とか、蜂蜜のようなものは入れてなかったと思うんだけど。

「甘い……ですか? 甘いのが苦手なようでしたら甘くない飲み物をご用意しますが」

「いえ、甘いのは平気です」

 むしろ好物だ。

「ただ、お砂糖も蜂蜜も入れた様子がなかったので、甘いとは思っていなくて、驚いただけです」

「あー……茶菓子の在庫を切らしてまして、その分お茶を甘くしてたんですけど」

 そう言う彼はカップに四杯目の茶を注いでいる。……よほど喉が渇いていたのだろうか?

「……やっぱり、お菓子はあった方がいい、ですよね?」

 ふうー、と妙に重い溜め息を吐く。たかがお茶菓子一つに。

「いえ、ごちそうになる立場ですから、贅沢は言えません。……あなた、の負担になるなら、お菓子はなくても」

 そこでようやく、互いの名前を知らないことに気付いたようです。

「ああ、そういえば、何とお呼びしていいか、まだ伺っていませんでしたね。落ち着いてからでいいかと思っていたのですが」


 ……呼び名?

 名前ではなくて?

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