陛下と殿下。……何か訳アリ?
この国の元首である国王陛下は、二十二歳の女性だそうだ。つまり、女王陛下、ということだ。
十六歳で即位した女王陛下は、去年から親政を始めて……って。
……ちょっと待て。
「なんでジルナルド殿下は『殿下』のままなの? 前の国王の息子なんでしょ?」
第七だか第八だか定かではないけど、たしかに『王子』って紹介された。
「あー……」
レナ魔導師長があたしの髪を弄る手を止めて天を仰ぐ。あー、うー、と言葉を探すように呻きながら、徒に櫛を動かす。
前王の壮年の息子が王位に就けなくて、年若の女王を戴いている理由。仮定でいいなら、いくらでも考え付く。
そもそも女王制の国だとか。
末子相続だとか。
宗教上の何かの役職に就いていて王位と兼務できないとか。
センシティヴな理由を挙げてもいいなら……
嫡子でなければ王位継承できないとか。
何か肉体的な障害があって(そうは見えないけど)継承権が剥奪されてるとか。
そういう複雑な事情があるなら、敢えて言葉にしなくて良い、と言おうとすると、考えがまとまったらしいレナ魔導師長が言葉を継いだ。
「簡単に言えば、この国の王は、王族の子として生まれるだけでなく、ある条件を満たす必要があるの。それは生れつきの条件で、……ジルナルド殿下はそれを満たしていない。だから、王になる資格がないの」
「条件……?」
想像とは違ったけど、ややこしい事情ではあるようだ。
生まれつきってことは、生まれた瞬間に王位継承権の有無が判る、ってこと、かな?
「陛下は王になる資格のある王族の中で一番年上でいらっしゃる。だから即位なさった。だけど、それでもまだまだ若くて国を治めた経験がない。だから殿下が****として陛下を助けてらっしゃるのよ。殿下はお小さい時から先王のおそばで先王がなさる事を見てらしたから」
あ、また翻訳されない言葉が。前後の内容から判断すると、何かの役職っぽいけど。
……まあ、深く追求しなくてもいいか。
着替えを終え、レナ魔導師長に連れて行かれた先は、食事室だった。プライベート用のものらしく、落ち着いた内装で、広さはさほどなく(それでも学校の教室くらいはあったけど)、赤褐色の重厚な、十人は座れそうなダイニングテーブルが中央に鎮座していた。
目立つような装飾のないそれは、よく手入れされていて重厚な艶を放っていたが、よく見ると小さな傷がいくつもついていて、年季を感じさせた。
用意されている席は四つで、そのうち二つは埋まっている。ジルナルド殿下とエリックだ。レナ魔導師長が席に着いたので、どうやら女王陛下の同席はないと判ってホッとする。
食事は意外なことにコース料理ではなく、最初にスープが出た以外は、ほぼワンプレートだった。ローストされた鶏肉と、ゆでた野菜と豆。柔らかな葉菜のサラダ(ただし塩振っただけ)。焼きたてのパンは皮のパリッとしたフランスパン風(ただしサイズはロールパンくらい)。
ワンプレートなのは、給仕人を下がらせたせいかもしれない。人払いってやつだよね。
……エリックはおかまいなしにわざわざ給仕人を呼び出してお替わりしてたけど。