美人さん登場です。……きゃあ!
「師匠!」
突然、ドアが開いた。ノックも、入室の許可もなしに。
ドアの手前に立っていたエリックのローブの裾が、ドアの縁に引っ掛かって翻る。
「師匠ー! いったい何か月ぶりですかどんだけ引き籠ってるんですかいろいろ相談したいこともあるのにー!」
ドアを開けた赤毛の印象的な美女(希望)は、エリックに抱きついたかと思うと、エリックの襟首を掴んでがくがくと揺さぶった。
……ていうか、貴女エリックよりだいぶ年上に見えるけど、エリックの弟子なんですか。……エリックの年齢が謎だ。
「れ……れな……くるし……ぃ……息、できない」
エリックが締め上げられた襟首を緩めようともがく。
「レナ。落ち着きなさい。お客様も居るのだから」
美丈夫ことジルナルド殿下の声で、眉を釣り上げた怒りの形相の赤毛美女(推定)がエリックを揺さぶる手を止めた。
「……お客、様?」
ゆっくりと辺りを見回し、あたしと目が合う。あたしがゆっくりと視線を彼女の手元に移すと、エリックの襟首を締め上げていた彼女の手が離れる。吊り上っていた眉がゆっくりとニュートラルになり、やがて困惑げに顰められる。表情がくるくる変わるけど、基本形は美人さんだ。
「え、えーと……どちらから、の、お客様?」
目を泳がせながら、誰にということもなく訊ねる。回答はこの場で一番偉い(と思われる)人が返した。
「私からは何とも。詳しいことは直接本人に訊ねるか、そこで咳込んでいる貴女の『師匠』に訊ねなさい」
……答えになっていないが、彼は答えを持っていないのだから仕方ない。
レナ、と呼ばれた赤毛美人(確定)は、自分が半殺しにしたエリックとあたしを見比べ、さっきまでエリックの襟首を締め上げていたことをなかったことにするかのように、にっこり笑ってあたしの方に向き直った。
そして優美に腰を折ってこう言った。
「ようこそお客様。わたくしは魔導師長を拝命しております、レナ、と申します。よろしくお見知り置きくださいませ。差し支えなければお客様のお名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」
溜め息が出るほど見事な礼だった。あたしなんかにはもったいない、最上級(と思われる)礼だ。あたしはこの国での正式な礼の仕方なんかは知らないんだけど。
「え、あ、名前? えーと、あたし、じゃなくて、私の名前は、青井弥冬といいます。よろしくお願いします」
優雅さのカケラもないスピードでお辞儀をすると、レナ魔導師長が目を丸くしているのが見えた。いったい何?
「……か……」
か?
丸くなったレナ魔導師長の目がうるうると潤みはじめる。だから何?
「かっわいいー!」
レナ魔導師長が叫んだかと思うと急に息苦しくなった。そう、ぎゅうぎゅう抱きしめられているのだ。
「ナニこれナニこれ可愛すぎるぅ! どこから声出てるの!」
どこからって、それはあたしの喉からに決まっているだろう。
そう言い返したかったが、頭を押さえ付けられてそれは叶わなかった。
「魔導師長、気持ちはわかりますが、お客様が窒息しそうです。離れなさい」
美丈夫がレナ魔導師長からあたしを引き剥がす。
美人に絞め殺されるなんて、変態なら喜ぶだろうが、あたしはごめんだ。
あたしはちょっと涙目になって咳込みながら美人さんを見上げ、また締め殺されそうになった。
どうもこの美人さんは興奮すると人を締め上げる癖があるようだ。物騒な。