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1、空の住人

どうも、黒猫日記以来の第二作『大舟の窓』を書かせていただきましたアヌゥポンです。

大舟、で勘違いされる方もいるかもしれませんが、テーマは空ですーー;

派手な戦闘。主人公たちが敵を打ち破る描写。過去を探る旅。あと、お笑い要素も少々。

なんてのが好きな方は是非最後まで読んでいってください。

あまり恋愛に力を入れられないかもしれませんが、そっちも頑張りたいと思いますので応援よろしくお願いします。

 一、空の住人


 ゴゴ―――――

 風をきる音が気持ちよく右耳に届く。厚手防寒着の右ポケットにしまった無線通話機。そこからイヤホンが伸びていて左耳は風の音が聞こえないのだ。もういっそ、ゴーグルもイヤホンも防寒着も脱ぎ捨ててしまいたい。特にゴーグルだ。ゴーグル越しの空は、直接みる空とは違う。直接、この目でみたいのだ。言うなれば、生空を見たい。

 でも、今はそれより。

「んー。腹減った。町はまだか」

 俺が悪態付くと、隣でうんざりとした声が上がった。正確に言うと耳に挿したイヤホンからなのだが。口元にマイクがあり、それで通話している。

「そう言わないでよラウ。余計減るでしょ。ラウだけじゃなくて、僕たち全員がここ最近まともなものを口にしてないんだから」

 そう言って俺を咎めたのはアラム。茶色の髪は生まれつきらしく、ショートヘアを更に短くした髪形。名付けるならネオショート。彼は同じ空を翔る同志。ラウこと俺が集めた……青臭い言葉でまとめるなら仲間。

「うー、アヌもおなかへったーぞー」

 一人称がアヌの彼女もまた仲間の一人。名前はそのままアヌ。綺麗な金髪の少女。出身地と年は共に不明。思い返せば、俺らがセラビス(空軍)にいた頃から彼女は謎。そんなアヌの身長は150cm未満、髪の長さはセミロングで結わったりはしていない。彼女曰く、風を感じるのに邪魔だから、だそうだ。彼女のスカイボードの特徴として、体格にあわせてなのか幾分小さい。通常三メートルあるはずの主体は二メートル弱。武装と装甲の質を下げ、代わりに旋回と瞬間速度に重点をおいた分かりやすい撹乱形戦闘スカイボード。

 ああ、スカイボードっていうのは鳥型をモチーフにした空を飛ぶためのボードである。一人乗ラウと大きさは通常縦三メートル、横二メートル半、厚さはそれぞれ違うけど大体六十センチ程度。スカイボードには特殊な鉱石が燃料として使われており、機械を媒体としてその鉱石から抽出されるエネルギーは膨大なもので、時に銃弾のようにエネルギー砲として射出される事もあるほど。スカイボードの重さは百キログラム相当。人はスカイボードの上に乗り空を翔る。コックピットのようなものは無く、足を固定して体重移動で操作するのだ。今は廃れたスノーボードに乗るのをイメージしてくれるといいと思う。ボードの頭身を向けた方向に進む。乗りこなすのはスノボーより断然高度で、ゆえに慣れないと転落死する。国にもよるが、そのほとんどでは免許取得が必要と定められていた。

「…………町は30度の方向に移動中」

 今喋ったのはヤユ。彼女は青いロングの髪でアヌと等しく童顔。無口なところからはじまり、ある意味アヌ以上に理解不能だ。だが、ヤユにはアヌ以上に風が読める。目で追えない場所(大抵が雲の中)に町があったとしても、風の流れとネオレムの放つ独特な電波信号で居場所がわかるのだと。彼女の凄いところは風読みではなくネオレム感知のほうだ(風読みも凄いのだけれど)。もちろんネオレム波の感知限界距離はある。一種の嗅覚だと思ってくれれば理解しやすいと思う。……少なくとも俺はそう思うようにしている。

 ヤユのようなスカイボーダーとしての才能を持った子は極々稀に生まれるらしい。科学技術を持ってしても未だ不明瞭なネオレム電波。それを彼女らは感じ取ることができるのだ。言うなれば絶対音感や絶対記憶能力と並ぶ先天的な才能であり、名を『パーチカライズ』という。

 ヤユとアヌ。最後にして最大の違い。それは、アヌは基本バカ。しかしヤユは経験則と情報網を使って目的(ターゲット)の位置――つまり空域を割り出してくれる。

「面倒だな。『町』はスカイボードより早く移動できないから追いつくだろうが、俺の燃料が持たないぞ、このままじゃ」

 俺は無駄と知りつつ愚痴る。

 町。

 それはきっと大地の上に立つ家々が連なる集合体だと想像しているかもしれない。だが違う。俺達のいう町とは「空に浮かぶ島」……とでも言えば伝わるだろうか。

 歴史には詳しくないが、なんでも昔の戦争で『スカイボード』の原理を利用した戦闘機やら爆撃機などが主流となり、町は格好の餌食となっていた。国民を守るために、スカイボードに用いられる鉱石を使用して町を幾つも作り、空に浮かべたのが始まり。形状はジブ○作品の天空の城ラピュ○と言えば理解が容易であろう。

 そんな歴史上の出来事より、今では大地に人はほとんどいなくなってしまった。せいぜい食料や材料の調達に地上に舞い降りるくらいか。いや、せいぜいと言ったけれど、それは大事な役割だ。水や食料は『町』のプラント生産では間に合わないし、何よりスカイボードや町を浮かべるための鉱石である『ネオレム』は地上でしか取れない。だから国は領土、領空となる土地と空域を守る必要がある。そして、豊富な資源を求めて戦争が起こるのだ。

 俺は自分の乗るスカイボードの心臓部分に嵌められた『ネオレム』を見た。背中の一部がガラス張りになっており『ネオレム』の発光具合が見える。青く光るそれは弱々しく見えた。

「ヤユ。俺のネオレムはあと一時間と持たない」

「…………ここから一時間だと、ちょっときついかも」

 マイク越しに聞こえるヤユの抑揚のない声が今はありがたい。じゃなければ軽く取り乱していたかもしれないから。

 今は海上。町とは言わないから、せめて陸地に下りたい。

「アヌのと、ネオレムこーかんこしよー。アヌのボードは風に近いから、ネオレムも元気なの」

 風に近い、とは彼女なりの比喩表現で「軽い」ことを指すのだと思う。まあ、彼女の発言に間違いはなく、アヌのスカイボードは軽い分燃費がいい。同じ距離翔けても、残りエネルギー量に差が出る。つまるところ、取り替えることができるなら万事解決する。

 できるなら、な。

「ここは海上。着地できる場所は無い。ネオレムを取り外したら落下するだろ」

 ネオレムは燃料そのもの。外せば間違いなくエンジンは止まる。

「ラウラウー、そーだよー。でも大丈夫! 落下しながら交換して付ければおーけーだよー。上昇気流に乗れば体勢を上手く整えられると思う」

「簡単に言ってくれるな」

 自由落下する中、同じく自由落下するスカイボーダーとネオレムを交換して嵌めこむ。一見がんばればできそうだが、空には気流というものがある。お互い気流に飲まれて分散してしまうと終了。そして気流の少ない海面に近づいてネオレムの交換を行えば、自由落下で海にジャバーン。もともと気温が低いのと合わせて、この海域の海流は氷が解けて出来た冷水が流れ込んできているのだ。墜ちれば即死は免れない。

「ヤユ、上昇気流に変わる地点は?」

「ラウ! 危険だって。僕は賛成できないよ」

 アラムの言いたいことはわかる。でも、やらなきゃ死ぬ。主に俺が。

「…………ラウさん。あと三分後――」

「三時のほーこーに上昇気流だねー。下降気流と下降気流の間の微妙な上昇気流なの」

「…………(こくり)」

「ちょ、二人とも! って、ああもう! …………どうやら僕が何言っても無駄みたいだね。失敗だけはしないでよ、ラウとアヌちゃん……」

 アラムも諦めたようだ。

 ……随分と諦めが良くなったな。昔は耳にたこが出来るほど説教されたのに。いつもこんな調子なので、注意しても無駄だと悟り始めているのだろうか。

「ラウさ。今笑顔でしょ?」

 そりゃそうだ。こんな楽しそうなこと滅多にできるもんじゃない。気だるそうな言動からよく勘違いされやすいのだが、俺は飛翔が大好きだ。

「ヤユ。進路方向とカウントダウンよろしく」

「…………高度を四百ヘムに固定。二時の方向に進路を変更。先行するから付いてきて」

「言われなくとも!」

 三角ができるようにピッタリとヤユの背後に並ぶ。

 一分と経たずにヤユのカウントダウンが始まった。

「…………十、九、八、七、六、五、四」

 ラウとアヌはしゃがんで透明のカバーを外し、ネオレムに手をつける。これだけでも軽い技だ。しゃがみながら気流を受けつつバランスを保つのは案外難しいものなのだ。更にスカイボードを仰け反らせて減速させていた。

「…………三、二、一」

 ごくり。

 唾を飲み込んで身体の緊張をほぐす。

 失敗は許されない。もししたなら、人生的な意味でアウトだ。

 二人でピッタリ側面をつけて並走する。

 準備は完璧。

 そして最後の数字を。ヤユが口を開く。

「…………ゼロ」


「「背に飛翔の翼をッ!」」


 ラウとアヌは掛け声と共にネオレムを抜き取った。エンジンは留まる。このままでは風力に負けて吹き飛ばされ、下降気流に巻き込まれてお陀仏だろう。

 だけど!

「きたきたきた――――っ! きたよぉ――っ!」

「やっっっほ―――――ぅ!」

 アヌに合わせて俺も叫ぶ。

 下から舞い上げるように吹く風。それに乗って身体がボードごとふわりと浮かぶ。さすがヤユ! タイミングも位置も完璧だ!

 あとは外したネオレムを交換して装置に嵌めこむだけ。


 の、はずだった。


 お互いに手を伸ばしあう。

「なっ!?」「えっ!?」

 けど、予想外な出来事が一つ。ラウとアヌの隙間が離れすぎているのだ。僅かに届かない。

 強風に煽られ、更に距離は離れる。

「と、届かねぇ!」

 手と手が二度に渡ってからぶる。

 最悪なことにバランスを崩して身体が傾いた。このままじゃ墜ちて死ぬ!

 まだ助かる方法は残されている。ネオレムを嵌めなおせばいい。そして次のチャンスを待つ。

 だが、空気は冷えると下がり、熱されると上がるのだ。ここ一帯では上からの叩きつける風が吹く。燃料が切れる前にチャンスが来るかがわからない。何より、

 

 ――――こんな楽しい遊び、途中退室なんてできるかっつーの!


 お互い手が届かない。これは予想外だった。でもアヌはもっと予想外な行動に出た。

「やぁっ!」

 自分のボードの固定器具から足を外す。自らのボートを踏み台にし、ラウのボードに飛び移ろうとする。

 刹那で交わした視線。一瞬のうちに意思疎通をこなす。

 何だかんだでアヌとは古い付き合いだ。お互いの考えることはよくわかる。ってか、アイツ、絶対俺と同じこと考えてるだろ。

 多少危険を冒した方が楽しいっ!

 アヌがラウのボートに着地したおかげでボードのバランスが戻る。その瞬間、すぐさまネオレムを交換。落下していく自分のボートに向かって、アヌは躊躇無く荒れ狂う気流へと突っ込んだ。

 俺は受け取ったネオルムを素早く装置に取り付けた。肝心のアヌは、ヤユに勝らなくとも風を読めるのだ、見えているのだろう。空の道が。

「あははははー」

 手を広げてアヌは楽しそうに笑っていた。


 ――――タンッ


「マジかよ」

 ぐるぐると回転しながら落ちていたスカイボードに、アヌは足から着地したのだ。なんつう人間離れした技だ。回転するヘリコプターのプロペラに着地するのと同じくらい難しいぞ。アヌは本当にどういう運動神経と肝っ玉してるんだか。

 アヌはそんなラウの感嘆も知らず、自分のボードにラウから渡されたネオレムを嵌め込んだ。

 二人揃って高度を上げる。

「ただただ、たっだいまー」

「ふぅ、中々楽しかった」

 アヌとラウが、高度四百ヘムを直進していたアラムとヤユに合流した。

「もう、僕、本当に心臓止まるかと思った。ラウもアヌも無茶しすぎだってば」

「…………お疲れ様」

 労いの言葉を受け取り、また四人で並走する。

「危なかった。今回はアヌの身体能力に助けられたな」

「ふふふー。アヌに不可能はないのだよ!」

 無い胸を張るアヌ。

 過去、彼女は能力検査において基準値を大きく上回る数値をたたき出していた。上昇下降速度、加速、トップスピード、旋回速度、バランス力、ボード武器によるネオレム砲射撃命中と速度にAIM力。更には動体視力、反射神経までもが常人レベルを逸脱。弱点らしい弱点は頭の悪さくらいだった。ヤユとは違う意味で先天的に優れている。あともう一人(実は行動を共にするのは五人)のアホ……もとい身体能力の長けたヤツがもう一人いたりするのだが、アイツもアヌには敵わないだろう。

 ちなみにソイツは別行動で目的地に先に向かっているはず。

 ゴゴゴ―――――――

 髪の毛が風に打たれ、ジャンバーをはためかすこと二十分。各々特に会話もなく飛翔を楽しんでいたのだが、ザザーというノイズ音とヤユの機械音のような無機質な声が聞こえた。

「…………ラウさん」

「ん?」

「…………前方の雲の中に空母。どうします?」

「ホント凄いねヤユちゃんは。僕には全く見えないよ」

 とアラム。

 彼の言うことはよく分かる。綿毛の中に紛れた玩具を探すようなもの。俺にだって、アラムと同様に目を凝らして見ても、雲の中に影は見えない。ヤユの索敵には脱帽だな。

「見るんじゃない! 感じるんのだー。くものながれが少しだけむちゃむちゃーってなってるのさー。ま、何かある、くらいにしかわからないけどけど」

 アヌは全く凄くないといった口ぶりで、雲中の空母の存在を肯定した。

 いや、存在の有無が判断できるだけでも十分凄いのだが。各国のセラビスに属するボーダーに、気流の乱れで雲の中の不可視空母を見つけられるヤツがどれだけいるんだか。

「空母か。詳細情報は?」

 このときの空母とは、海に浮かぶ航空隊の格納庫としての船ではなく、スカイボードを収納できる体積を持つ機体のことだ。広く機体を『船』と表現するには理由がある。

 理由として挙げられるのは、その形状からだろう。空で起こる現象『ウェーブ』の被害を最小限に抑えられる形、それが船のように胴体が長細い形だったからだという。今では船自体使われなくなったので、船といえば機体。四歳児でもわかる。

「…………中型輸送機。形からして私用機で交易途中かと。タイプ的に武装は機関銃や砲撃が少々。今は緩やかな速度で移動中」

「アラム。信号を準備」

「了解」

 俺がそう指示を出すと、アラムはスカイボードの小さな格納庫から発信機を取り出す。

 少し、発信(受信)機と無線機の違いを説明しよう。

 さっきから通話するのに使用しているのが無線機。仲間内だけで設定した周波数に加え、それを常に変換し続け会話することで外部からの盗聴を防ぐ効果がある。逆に発信機とは、世界規模で決められた周波数、決められた言語を使うことで簡単にやりとりできるもの。このとき注意しなくてはいけないのが、発信機を使って送るのは『音声』ではなく『文字』だということだ。特別な言語を使うから、メカニックの勉強が必要となる。その言語――S言語(skyが由来)を覚えているのは四人の中で唯一アラムだけ。

 あれ、結構覚えるの面倒だから。S言語はメカニックの基礎であるが、より専門的になると、別国の言語一個覚えるのと同じ苦労を強いられる。

「ラウ。内容はどうする? 不可侵? 入機?」

 内容か。通常なら「不可侵」と呼ばれる信号を送る。字を見ての通り、こちら側に敵意はないと知らせるものだ。けど、ネオレムを交換したとはいえ、残りの燃料は心もとない。賊に襲われたなら戦闘にならざるを得ない。すると高確率でネオレム砲の使用を余儀なくされるであろう。完全に燃料切れを起こす。だったら、輸送船に入れてもらい、ネオレムを分けてもらえれば幸い。で、なくとも輸送船の中にいればネオレムを使用せず済む。残りネオレムエネルギーの残量を増やせるというわけだ。

「中に乗せてもらえるように頼んでみてくれ」

 俺はそういった。

「わかった。やってみる」

 アラムは返事半ばで交信の準備に集中した。

 やっぱりコイツは機械いじってるときの顔が一番輝いてる。うちの国とそのセラビスが健在だった頃、アラムは技工士として有名だった。特殊な訓練を受けていた俺にさえも、天才技工士の名は届いていたのだから相当なものだと思う。俺もアラムの技術に何度助けられたか数えられない。今では一般的になったネオレムエネルギーの性質の一つ。それを暴いたのがアラム。実践に初めて試用されたのが俺のスカイボードだった。おかげ様で四面楚歌の多重放火から逃げのびることができた。今でも感謝している。新技術の結晶を搭載してなければ、完全にあの世行きだったのだから。


 ~~~輸送機side~~~


「艦長。近辺より信号を受信」

 艦長室に一つの伝令が入った。

 艦長と呼ばれた男はまだ若い。無駄な肉付きがなく、前髪が目にかかっていた。服は黒い軍服。その服装はこの空域を領空に持つ空軍の者の証だ。艦長であることを考慮すると、地位はそこそこだろう。だが、地位に似合わず、髪の隙間から覗かせる眼には野獣のような人間とは思えない鋭い光が宿っている。

「読み上げてみろ」

「はい。信号の種類は――」

 艦長はキッと船員を睨む。

「そんなのどうでもいい。内容を教えろ」

「も、申し訳ございません!」

 伝令に入った新人船員は緊張の面持ちとなった。それほど彼には凄みがある。

「内容は乗船許可要請です。望遠鏡で確認したところ、送信者はスカイボードに乗った子供のようです」

「……それだけか? 航空許可信号は?」

「あ、ありません」

 この光景は強者と弱者。蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。

「そ、それで、いかがしましょう?」

 背筋を走る冷たいものを我慢し、震える腕を抑えつつ、船員は艦長に判断を求めた。

 船員は「入れろ」か「断れ」のどちらが来るか、余裕の無い頭で考えたが艦長の指揮はそれの斜め上をいった。

「撃て」

「……え?」

「二度言わせる気か? 不法航空者だ。そもそも子供はスカイボード免許が取れないじゃねえか。だったら違法民だ。こ、ろ、せ」

 船員はブルルっとまた身振るいをした。この空域は特に寒いが、艦長室には暖房が入っている。だったら船員を襲う寒気はどこから来たものなのか。

「りょ、了解しました!」

 そう叫ぶと、「失礼しました」と残してそそくさと退室した。

 一人になった青年はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。

「田舎で輸送作業なんてくそつまらねえ仕事やらされてんだ。ちょっとくらい遊んだって怒られんだろ。ったく、苛立つ蛇の前を通る蛙が悪いに違いねえ」

 そう言うと彼は豪快な声で笑った。


 ~~~ラウ side~~~


「……妙だ……」

 呟くアラム。それに対し、ラウが「何が?」と訊ねる前にアラムは自分から口を開いた。

「相手から返事がないんだ」

 返事がない。どういうことだ? メカニックがいないのか。いや、そんなはずない。もしものトラブル……機関室の動力供給経路が、何らかの原因で断たれる等の動作不良を起こした場合に対応できるよう、メカニックは必ずいる。そして数学を学ぶ者は算数を習得しているのと同じく、いくら低学力のメカニックだとしても基礎である通信で今更手をこまねくはずがない。と、なると……

 皆、同じ答えにたどり着いたようだ。チラっと左右を確認すると、全員――

「ん? どーゆーこと?」

 ――から引く一名、俺の言いたいことを理解していた。

「アヌもいい加減察しろ。そんなんじゃ生きていけないぞ」

 見た感じ、アヌは才能がある故に戦争の恐ろしさを知らないのだろう。彼女にとって空域戦闘とは、スカイボードを使った娯楽の一つでしかないのだ。ドッチボールみたく、敵の投げたボールを避けて、自分が投げたボールを相手に当てるゲーム。それと何ら変わらない感覚である。それが起因して、違和感に気付けない。

「ラウラウ~、なんのことー?」

 ぽけぽけとした声が耳元のイヤホンから聞こえた。……緊張感が失せたぞ、今ので。しかし、続いて鼓膜を揺すった、ヤユの透き通る声のおかげで緊張感を取り戻せた。

「…………ラウさんは、『敵機』を見ろって」

 その声がさながら、小さな妹を諭す姉のようであるから不思議。基本無感情なヤユが素を晒す少ない機会だから。

「来るぞ」

 ついに『敵』は決定的な行動に出た。旋回し、輸送機の頭をこちらに向けてきたのだ。

 輸送機に限らずスカイボードも、後方からの攻撃に圧倒的に弱い。それは装甲が薄い以前の問題だった。機関室でネオレムから抽出したネオレムエネルギーを動力に変えるため、翼と尾と腹にエンジンが積まれている。それらはもちろん後方へと向いており、バックの敵に弱点を曝け出しているも同然なのだ。これらの理由から、戦闘するときは敵にケツを向けないのがセオリー。

 ま、何が言いたいのかというと、これは明らかな敵からの宣戦布告だということだ。

 対してヤユ諭されたお子ちゃまは、

「ぬぬぬぬぬ……、」

 声は相変わらずだが、アヌの目がスッと細くなる。

敵の意思に、彼女も反応した。

 彼女から放たれる重圧を感じられる。その闘気は狩りの前の猫。口元を歪め、いたぶる気満々だ。

 そうそう。

 しっかりと覚えておくといい。


 澄み切った碧空には、それを汚す起因がいることを。


「ラウ。賊に襲われるのを避けようとして、どうして戦艦と対峙してるのかな」

 防寒着やゴーグルで表情が見えなくとも見える。アラムの口元は精一杯頬を引きつらせているだろう。

「ああ、不思議だ。ライオンから逃げたらグリズリーに出くわした気分と同じだ」

「まるで前に味わったことがあるみたいな口振りだね」

「…………」

「あー、そう。本当にあるのね」

 無言を肯定と受け取られた。

「否定はしない」

 というか出来ない。

「そのセリフよく使われるけど、イコール肯定だよ」

 いつだったかなー。空軍の訓練の一環だったと思う。水面ギリギリを走行中に不慮の事故で墜落したんだ。運良く大地に流れ着いたあと……そこから先はお察しください。

「ラウいいなぁー。アヌも連れてってほしかったー」

「まだ出会ってないっつーの」

 そんなこんな無駄話というか思い出話をしている間に、敵輸送機とラウ達が完全に向き合う。

「…………砲撃、第一波、来ます」

 ヤユが息を吐くように言う。

 俺は確認のため口を開く。

「いいか。俺らの目的は敵の破壊じゃない」

「…………無力化ですね」

「その通り」

 俺らが今からしようとしているのは、全ての武器を破壊もしくは無力化し、敵機を無力化すること。機体の撃沈は罪が重く、正当防衛として認められない。だから無力化する必要がある。というか、無力化でなくてはならない。

 戦闘前の確認事項を軽く済ませ前を見据えると、敵に動きがあった。

 敵輸送機に取り付けられた「もしも」のとき用の迎撃武器。ガシャンと装甲の一部がいくつも開き、輸送機に収納されていた武器が顔を出す。こちらを睨むのは、敵輸送機の頭部左右に付けられた対空機関銃四門。二門ずつ、金属光沢を持つそれらは、左右からその銀眼を覗かせた。


 ――――刹那――――


「「「「背に飛翔の翼をッ」」」」


――――ダ、ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ――――


 四人の掛け声。それらを掻き消し大気を震わす銃撃音と共に、敵の弾丸掃射が開始された。

 たかだか輸送機とはいえ、機関銃四門は十分に脅威である。

「皆。頭部、武器詳細判明したよ。対空重機関銃『A-TN20』だ」

 アラムが早くもまだ武器がお出ましから二十秒も経ってない。本当にアイツは凄い。現存する全ての武器や兵器、空母までも丸暗記し、瞬時に構造の特徴を見抜き、膨大な脳内フォルダから適確な解を引き出す。

「えーの、てぃーえぬとぅえんてぃ?」

 折角の解析データもアヌにかかると猫に小判だな(本人猫っぽいし)。

『A-TN20』のスペルの頭の『A』とは、対空(antiaircraft)の略で、対空兵器のことを指す。その後の二十という数字は規模を指し、『A-TN』系の互換は十、三十、四十まである。当然、数字がでかい方は規模もでかい。二十といえども輸送機で『A-TN』を積んでいるのは他に見たことがない。つまり、

「これは予想以上に武装してるな。かなり改造されてる。たぶん対賊武装搭載の輸送機だろ」

「…………ですね」

 全員がそれぞれ輸送機の正面、左右、下にエンジンを飛ばす。襲い来る銃弾の波を、各々のボードテクでかわす。アヌは特に人間ならざるボードテクで弾幕を避けていた。

 右は俺、左はヤユ、下はアラムだ。正面さえ切り抜ければ『A-TN20』四門の脅威にさらされずに済むのだ。そもそも『A-TN』は対空であるのと同時に、戦艦クラスの戦闘機を相手にするときに使われる兵器である。その行為はゴキブリを潰すのに大剣を用いるのと変わらない。つまり、適材適所とはいえないのだ。

 けど、強力で脅威ではある。

 なので……

「きゃっほ―――――――っ!」

 なので、正面から突撃するようなどこぞのバカアヌの奇行は、とにかく真似しない方がいい。いや、真似できるヤツなんてそういないか。

 アヌが暴挙に出た直後、まだ敵輸送機の真下とはいかないが、下に潜ったアラムから通信がきた。

「今まで隠していたみたいなんだけど、腹に撒布爆弾の『G-KA10』を四つ搭載してる。そうなると、背にもある可能性が高いよ」

 撒布爆弾『G-KA10』。『G-』はグレネードの略称で、撒布爆弾系であることを指す。

これはやばい。撒布爆弾は対武装スカイボードの代表格じゃないか。チョロチョロと動き回るボーダーを、爆炎で包んでくる。『G-KA』は一門が四砲からなり、四発の手榴弾が放出される。『G-KA10』の十は門数。つまり、一箇所、一度の砲撃で四十発の手榴弾。それが四つ搭載されているとなると、一度の砲撃で百二十の手榴弾が降ってくるということになる。碧空が一瞬、真っ赤に染まり上がるレベルだぞ。ただ、弱点としては射出方向の制御が難しいということ。腹と背にそれぞれあるのなら、機体の上下以外は射程外になる。

「下は放棄だ。アラム、側面に来い」

「分かってるよラウ。僕も一斉放火を自らくらうほど、酔狂じゃない」

「そうだな。ハハハ」

 はははは、と声を出して笑った直後。


「きゃっほ―――――――――ぅ。避けるよぉー。避けるよぉーっ! アヌの大活劇!」


 あれれ、おっかしいな。『A-TN20』の弾幕を浴びる、酔狂なヤツの叫び声が聞こえた気がする。気のせいだろうか。

 チラっと左を見る。

 そこには踊る狂戦士の姿。銃弾をものともせず、風力による銃弾のぶれも本能的に計算し正確にかわしている。

 さまざまな技を駆使して。

 脚力を使い、ボードを身体の正面に立てることで上に上昇するテク『ガットアップ』。

 そこから螺旋状にぐるんぐるん回転しながら進む『スパイラル』。

 屈むことで被弾率を減らす『ダウンスタイル』。

 カットアップの体勢から、ボードを半回転して下に落ちる『カットダウン』

 エンジンの激しいオンオフと細かくボードの向きを左右に振ることで左右に揺れながら進む『シェイクカット』

 動体視力、反射神経、バランス感覚。目の当たりにしている光景は、それらが生み出す芸術だ。

『A-TN20』には稼動域があり、ある程度砲身の向きをずらすことができる。そうやって銃弾がアヌを追うのだが、彼女は一向に捕らえられない。

 過去、アヌと対戦経験を持つ俺はそのときこう思った。


 ――まるで風や雲に銃弾を放っているようだ。


 と。

 その通りで、彼女は決して掴まらない。追おうが回り込もうが彼女は想像の範疇を越える回避を見せ付けてくる。ときに銃弾を硬化刀こうかとうで受け流す人外技をすることすらある。

 硬化刀とは、アラムが見つけたネオレムの特質を生かした接近切断武器で、なりは刀と言われる武器に近い。片刃の切断武器だ。ミニマムなアヌが持つ硬化刀が大きいはずもなく、脇差くらいの大きさであるものの凶器に違いはない。大体、刃渡り四十センチ前後。

 重要な特質についてだが、それは読んで字の如し『硬化作用』だ。ネオレムから取り出したエネルギーを物質に流すと、その間のみ物質が硬くなる。物によってはダイヤより硬くなるほど。よって金属を斬れる刀ができるわけだ。けれど消費するネオレムの量も半端ではないため、ここぞという時しか使えない。ちなみにこの技術は元うちの国だけが独占していた技術で、もう今は無き国家の資産。祖国の生き残りしか保有していない技術なのだ。

 アヌの腰にはその硬化刀がある。

 装飾のされた白い神秘的な鞘。それに収められた刀。

 彼女はスッとそれに手を伸ばした。

 

「いくよぉおおおお――――――――――っ!」


 バッと鞘から抜いた硬化刀が、アヌの飛ぶ軌跡を青い光で描く。

 俺らはこれを『空のラクガキ』と呼ぶ。語源は、まるで立体的なクレパスに絵を描いているみたいだ、と言ったヤユの詩的表現が元となっていたり。

 アヌの絵は美しい。

 敵艦の側面に回ってしまって見えにくいのが残念だ。

 敵艦の側面、横にずらりと並ぶ室内からこちらを見る砲身。そこから砲弾が飛来する。機関銃ではなく大砲。なので砲弾速度は遅く、回避が容易い。クイックステップという上下左右に細かく動く初歩テクで余裕だ。

 余裕があるので目線を大砲からずらすと、スッと手を伸ばして刀を胸の前で構えるアヌ。彼女の手元から放たれる光は複雑な線を描きながら船の先頭へと吸い込まれていく。


 ――――ギィィィイイイン、ギィィィイイイン。ギィィィイイイン、ギィィィイイイン


 イヤホンから金属の砕け散る音が続けざまに四回鼓膜を揺する。

「こちらアヌ。えーのてぃなんちゃら、無力化かんりょー」

「ご苦労」「よくやったね。アヌちゃん」「…………凄かった」

 労いの言葉をそれぞれかけてやる。すると「えへへ」と照れ笑いするアヌの声が聞こえた。

「アヌだけに良いカッコさせてられないな。俺らもいい加減仕事しますか」

「仕事してないの、ラウだけだよ」

「思ってはいたが、あえて言わなかったことを……」

 アラムの指摘に若干へこむ。

 ヤユは敵艦の発見。アラムは分析。アヌは破壊。俺はなんもしてない。

 しゃーない! しっかり働きますか。

「…………ラウさん。人には活躍するべき自分の舞台があるんです」

「いや、ヤユちゃん。今はフォローしても無駄だよ。もうラウのスイッチ入ってる」

「…………そう」

 ちょっとした落胆の声も、今のラウには聞こえてはいない。

 ラウは足元にある、スカイボードの小さな収納スペースからハンドガンを取り出す。

 敵艦の側面。砲台までの距離は百メートル弱。移動速度は八十。風力三。

 今はボードを反転させて敵艦と並走している。

 空軍で、スカイボードに乗って動く的を射抜く訓練は飽きるほどやった。今更怖気づくことはない。違うところといえば訓練か実戦かの違いだが大差ない。人を殺すわけでもないし。

 拳銃に込められた弾はネンチャク弾。被弾するとべちょっと粘着質のスライムが飛び散る。大砲は恐らく四十口径三十センチ。その中にぶち込まないといけない。さらに、砲弾が射出されたタイミングで撃っていては、ネンチャク弾が砲弾に当たってしまう。なので風向きと風力も含めたタイミングを計らなくてはいけない。

 ついでに数は十門。弾も十発。一発も失敗できない。

 けど、緊張や焦燥は一切感じない。

 突然だが、うちのチームメンバー一人一人に他者を突き放す取り柄がある。

 アヌは類稀な身体能力。

 ヤユはネオレムを感じる力、パーチカライズ。

 アラムはメカニックの才能。

 じゃあリーダーたる俺は?

 風読み? それも狭い周囲であるなら多少できる。

 けど、もっと単純であり大切な力。俺にあるものとは……まあ、まだ秘密で。

「よし……」

 砲弾の射出間隔は約四秒。射出された砲弾とネンチャク弾が空中で衝突してはならない。ゆえに先述したとおり、射出タイミングと同時にスカイボードを進め角度をずらし、隙間から砲身にぶち込まなくてはいけないのだ。

 最端の大砲に目を凝らすと、余計なデータが頭を占める割合が減ってゆく。

 風の音が消える。

 イヤホンから流れるノイズも消える。

 眼に映る砲弾と砲台以外の視覚的情報が、黒く塗りつぶされる。

 時間がややゆっくりと感じる。

 アヌと同じく風を可視できる。

 腕を伸ばす。

 そしてスッと拳銃を構えた。


 ――――バン


 一発目。風によって湾曲の軌道。吸い込まれるように大砲の筒の中に被弾。


 ――――バンバンバンバン


 上下前後左右自由にボードを走らせ、続けざまに撃った四発も大砲の動きを止めることに成功。

 あとの五発も、ラウは焦り顔一つ見せずにこなした。

「こちらラウ。敵艦の左舷、大砲十門の無力化を完了した」

 ラウの放ったネンチャク弾は全てそれぞれ十門の砲身の中へと入った。これで敵の大砲は役立たずとなったであろう。

 なぜなら大砲は繊細な武器で、砲身に異物が混入すると誤爆する可能性が高い。よって、もう左の砲台十門は使えないのだ。

「…………こちらヤユ。敵艦の右舷、クリア」

 そうヤユが呟くと同時に敵艦から降参の印し、白い花火が上がった。


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