第6話
俺は学校が休みの間、誰とも遊ばずに直美のことばかり考えていた。あのときのことはやっぱり夢だったんじゃないかとか、もうこれっきり会えないんじゃないだろうかとか、嫌なことばかり考えてしまって、夜もなかなか寝つけなかった。
俺は眠たい目をこすり、欠伸をしながら学校に向かった。少し急がないと遅刻しそうだったが、いろんなことが頭の中を駆け巡っていて、とても走る気分にもなれなかったのでゆっくりと歩いた。
俺はちょうどチャイムが鳴るのと同時ぐらいに教室に入った。案の定というべきか、授業中はほとんど睡眠の時間になった。あっという間に昼休みの時間になったので、俺はいつも通り浩司と食堂に向かった。
「なあ、今日はほとんど寝てたな。寝不足か?」
「そう。昨日寝れなくてさ」と俺は欠伸をしながら言った。
浩司は特に気にする様子もなく、学食のラーメンを食べ始めた。
「寝不足の理由は聞かないのか?」と俺は訊いた。
「なんかあったの?」と浩司は首をかしげて言った。
「いや、別になんもないけど」
「……そう」と浩司は言い、またラーメン食べ始めた。
「なあ、二年六組の如月直美って知ってる?」と俺は普段と変わらない感じを装って言った。
「慎吾、何かあったんだろ?」
しばらく沈黙が続いた後、俺はコクンと頷いた。俺は浩司の鋭さに改めて驚いていた。普段はおちゃらけた感じなのに、こういうときは全てを察したような顔をして確信に触れてくる。
「まあ、いろいろとあるわけだよ。それより、知ってるのか?」
「もちろん、知ってるよ。うちの学校ではかなりの有名人だぞ」
「そうなのか?」と俺は驚いて訊いた。
「そうだよ。俺もよくは知らないけど、如月さんは有名なピアノのコンクールとかで優勝してて、将来もかなり期待されてるらしいよ。しかも、すごい美人ときたら、有名にならないわけないだろ」
「初めて知ったんだけど」
「慎吾はそういうのって、かなり疎いもんな。さらに言うと、彼女に告白した男はみんな玉砕してるみたいだぞ。しかも、玉砕したやつはみんな変な質問をされたっていう話だし、謎が多い子だな」
俺は彼女が学校でそんな有名だとは知らなかったし、いろいろ噂にもなっているようだったので驚いた。俺は音楽室で直美に好きな音を質問されたときのことを考えていた。
「変な質問だよな」と俺は心の中で呟いたつもりだったが、声にでていた。
俺はハッと浩司を見ると、驚いたような顔をしていた。
「慎吾、お前も告白したのか?」
俺は首を振った。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、どういうことだよ?」
「まあ、一言で言うと偶然の出会いってやつだよ」
「いや、意味がわからないから。っていうか、何を質問されたんだよ?」
俺は浩司が思ったより話しに食いついてきたので驚いた。浩司の性格なら、俺が突然わけのわからないことを言っても、「それでどうしたの?」とか言いそうなのに。
「まあ、いろいろとね」と俺は浩司の反応をもっと見るために言った。
「いろいろじゃないだろ。もったいぶらずに、詳しく教えろよ」と浩司は興味津々といった感じで言った。
「話すと長くなるんだよ。それに、もう昼休みも終わりだしな」
「それなら、今日は部活も休みだし、授業が終わったらじっくり聞くからな」と浩司は念を押すかのように言った。
俺は浩司がラーメンのスープを飲むのを黙って見ていた。俺は音楽室での出来事をいまいち信じられずにいたし、なぜか人に話すのはあまり気が乗らなかった。なんとなく、自分の心の中にしまっておきたかったのかもしれない。
早く学校が終わらないかなと言いながら楽しそうにしている浩司を見て、俺は軽くため息をついた。どうやら、話さないわけにはいきそうもなかった。