第5話
「一度その音を聞いてみたいな」
「本当に? じゃあ、今度コンクールがあるときに絶対聞きに来てね。そのかわり、私も慎吾の一番好きな音を聞きに行くから」
俺は二度ほど頷いた。
「な、直美はコンクールとかにはよく出るの?」
彼女は指を折りながら、コンクールに出た数を思い出しているみたいだった。俺は彼女の名前を初めて呼んだことに対して、自分で言ったにもかかわらず照れくさかった。
「う〜ん。年にニ〜三回ぐらいかな」
「そうなんだ。じゃあ、コンクールがあるときは聞きに行くよ。俺のほうは部活でいつでも聞けるから、よかったら来てよ」
「もちろん。せっかく慎吾が素敵な音を教えてくれたんだから、ぜひ行かせてもらうね」と直美は笑顔で言った。
「う、うん。ところで、直美はいつもこの音楽室にいるの?」
直美は首を振った。
「今日は雨だったから、たまたまピアノを弾きに来たけど、普段はほとんどいないかな。この音楽室も普段使ってないから、先生に特別に許可を取って、たまに使わせてもらってるだけだしね」
俺はまたここで直美と会えると思っていたので、かなりガックリした。彼女のことをもっともっと知りたかった。
「そっか。直美のピアノをもっと聞きたかったんだけどね」と俺は力なく言った。
「なら、ちょうど一週間後の金曜日に、またここで会わない?」
「でも、金曜は部活があるから、その後になるけど大丈夫?」
「それなら大丈夫。ここでピアノを弾いて待ってるから。ピアノを弾いてると、あっという間に時間が経っちゃうんだ。それに、私もピアノの練習で忙しいから、金曜日じゃないとダメなんだ」
「わかった。じゃあ、一週間後にまたここで」と俺は力強く言った。
「それじゃあ、決まりだね」
直美はなんだか俺よりも嬉しそうにしているように見えた。
「じゃあ、俺は帰るけど、直美はどうする?」
「私はもう少しピアノを弾いてから帰るよ」
「そっか。それじゃあ、またね」と俺は言い、音楽室を出た。
俺は音楽室を出てからも、まだ気分の高揚が治まらなかった。心臓に手をあててみると、運動をした後のようにドクドクと速く鼓動していた。俺はしばらくぼーっとしていたが、傘を探しに来たことを思い出して教室に行こうとしたが、外はもうすっかり晴れていた。
急に晴れた空を眺めていると、音楽室であったことが全て夢だったのではないかと思えた。
初めて会った女の子と好きな音の話をして、なおかつ、また会う約束までした。いま考えてみるとちょっと現実味がないし、奇妙な話である。でも、たしかに彼女がピアノを弾く姿が記憶に深く刻まれている。これは現実なのだと再認識すると、また気分が高揚してきて、家まで走って帰りたい気分になった。
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小説はまだまだ続きますので、よかったらまた読んでやってください!