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第4話

俺はピアノを弾いている女の子と目があった。体が一瞬固まったかのように動かなくなった。


彼女がピアノを弾いている姿は人を捕らえて離さないような迫力があり、またそれに見合うだけの綺麗な容姿だった。これがメデューサかなんかだったら、俺はたぶん石かなんかになっていただろう。彼女とピアノは切っても切れない、二つで一つの完成されたもののように感じた。


「どうしたの?」と彼女は驚いたような顔をして言った。


たぶん、そのときの俺はいままでにしたことのないような、ものすごい顔をしていたのだろう。


「い、いや、そのちょっとね」と俺は慌てて言った。


彼女はクスクスと笑った。


「ちょっとって、どういうこと?」


彼女の笑顔は魅力的で、俺は本当に石になるかもしれないと思った。


「あっ、うん。なんか音が聞こえてきたから、誰かいるのかなと思って」

「あっ、やっぱり外まで音が聞こえてたか。この音楽室、古いから音が漏れるんだ」

「そ、そうなんだ。いつもこんな遅くまでピアノ弾いてるの?」と俺は咄嗟に思いついたことを訊いた。

「ううん。急に雨が降ってきたし、帰りそびれちゃったから、雨が止むまでピアノでも弾いてようかなと思って」

「あっ、俺も雨が降ってきたから、どっかに傘がないか探してたんだ」

「おっ、その手もあったか」と彼女は楽しそうに言った。

「なかなか雨が止みそうになかったから」と俺は付け加えて言った。


彼女はウンウンと頷いていた。すると、彼女は急にハッと何かを思い出したかのような顔をした。


「ねえ、せっかくだから自己紹介しない?」

「えっ、うん。別にいいけど」

「じゃあ、まずは君からどうぞ」と彼女は言い、ニコッと微笑んだ。


俺は突然のことに動揺したが、なるべくそのことを悟られないように冷静なフリをして言った。


「俺は二年一組の金井慎吾です。えっと、いちおうテニス部に入ってます。あとは……。まあ、よろしく」

「そっか、同じ学年だね。じゃあ、これからは慎吾って呼ぶね。それと一つ質問していい?」


俺は慎吾と言った彼女の声が耳から離れなかった。


「どうぞどうぞ」と俺は慌てて言った。

「慎吾が一番好きな音って何?」

「えっ、好きな音?」と俺は首をかしげて言った。

「そう。一番好きな音は何?」と彼女はもう一度言った。

「テニスラケットにボールがちゃんと当たったときの音が好きかな」


彼女は驚いたような顔をした。俺は何かまずいことでも言ったかなと思って、心臓の鼓動が速くなった。


「いままでの中で、一番魅力的な答え」と彼女はニコニコしながら言った。


俺はそんなことをいままでに言われたことがないので、呆気にとられた。


「いままでということは、いろんな人にこの質問をしてるの?」

「そうだよ」と彼女は満面の笑みで答えた。

「へ、へぇ〜……」

「じゃあ、次は私の番だね。私は二年六組の如月直美だよ。呼び方はなんでもいいけど、直美って呼ぶ人が一番多いかな。誕生日は七月三日。趣味は人間観察と好きな音探し。あと、ピアノは小さいときからずっと習ってて、趣味というよりは生活の一部みたいなものかな。最後に待望の慎吾が一番聞きたいであろう、私の一番好きな音だね。心の準備はいい?」

「お、おう」と俺はなんとか彼女の個性的なノリに合わせて言った。


「私はピアノのコンクールとかで、大きい会場でピアノを弾くときに、曲を弾き終わって最後に奏でた音が会場をグルッと回って、また私のところまで帰ってきた音が一番好き。私がピアノをずっと続けている理由は、それが聞きたいからと言っても過言じゃないわね。しかも、いい演奏をすればするほど、最後に帰ってくる音は綺麗な音になるんだから」


俺は呆気に取られて、しばらくぼーっと彼女を見つめていた。彼女は外見の綺麗で整った顔立ちとまったく違った、いい意味で個性的な女の子だった。俺は好きな音の話しをしている彼女に強く惹かれていた。それは単純に好きという言葉ではとても言い表せない、何か特別で、意味のあることのように感じた。

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