第10話
直美と出会ってから二ヶ月以上が過ぎていた。
直美と毎週金曜日に部活が終わったら第二音楽室で会うという、ちょっと奇妙な生活が続いた。そのおかげでだいぶ仲良くなったし、俺も直美と会うのが一番の楽しみになっていたが、どこか物足りない気がしていた。
その場は楽しくても、別れてしまえばまた同じ日々の繰り返し。永遠に楽しみが続くなんて思っていないが、寂しさが徐々に心に溜まっていくようだった。
これが溢れてしまったらどうなるのだろう。俺は天国と地獄を行ききしているようで、そのあまりの差に挫けてしまいそうになる。
いまの状態をずっと続けていきたい気持ちと、このままではダメだという気持ちの板ばさみになり、どちらも同じくらいの強さで押してくるので、俺はその間でフラフラと心が揺れ、悩み続けていた。
俺の一番好きだったラケットにボールが当たる音も、すべての悩みを忘れさせるほどの効果はなくなり、自分だけの世界には連れて行ってくれなくなっていた。
俺は部活をしている間は無心になろうとひたすらボールを打ち続けた。
今日は直美と会うことになっている金曜日だった。いまは何も考えずにボールを相手のコートに、非常なまでに打ちこみ続けるんだと自分に言い聞かせた。
いまいちスッキリしないまま部活は終わってしまった。部室に戻ってからも、すぐには音楽室には行かずに、これからどうするべきか考えていた。
「今日は例の場所に行かないのか?」と浩司は真剣な顔をして言った。
いつもならニヤニヤしながらそのセリフを言ってくるのに、なんだか様子が違う浩司を見て、俺は少し疑問を感じた。
「もうちょっとしたら行くよ」と俺は浩司の顔を窺いながら言った。
「ところでさ、如月さんとは付き合ってるのか?」
「はっ! 急になんだよ」
「いいから教えろよ」
浩司はまだ真剣な顔をしているので、冗談で聞いているのではないということだけはわかった。俺は浩司が何を考えているのかますますわからなくなった。
「別に付き合ってはいないよ」と俺はボソッと言った。
「それは本当だな?」
「嘘なんてついてもしょうがないだろ」と俺はヤケクソ気味に言った。
「慎吾はそれでいいのか?」
「いいも悪いも、まだ知り合ったばっかりだし」
「俺ならそんなこと関係なく、意地でも付き合うけどな」
俺は浩司がなんでこんなに熱くなっているかわからなかったし、俺が悩んでいることを指摘されてイライラした。
「余計なお世話だ。別にどうでもいいだろ」
「なあ、慎吾は如月さんが留学するって話しは知ってるだろ。本当にこのままでいいのか?」
俺は一瞬にして頭が真っ白になった。直美からそんな話は一度も聞いたことがなかった。まったく予想していない展開に頭がオーバーヒートしそうになった。
誰かが遠くのほうで何度も俺のことを呼んでいるみたいだった。
「おい、おい、聞いてるのか」という浩司の声でハッと現実に戻された。
「ああ、聞いてるよ」
「もしかして、知らなかったのか?」
俺は黙って頷いた。
「まあ、あくまでも噂だからな。俺も人から聞いただけだから、デマかもよ」
俺は浩司の話は耳に入ってこず、とにかくいますぐに音楽室に行かなければと思った。
「いまから音楽室に行ってくる」とだけ俺は言って、部室を出た。
第二音楽室に行く道はこんなに遠かっただろうか。なんだか、かなり長い時間が経った気がする。実際には数分しか経っていないのだろうが。俺は息を切らしながら音楽室の中へ入った。
そこは誰もいないし、何の音も聞こえない、静寂が支配する空間だった。
俺はそこでしばらくその空間に包まれながらぼーっと立っていた。何分ぐらいそうしていただろうか、俺は何かが切れる音を聞いた気がした。それはいままで抑えてきた感情みたなものだったかもしれない。俺は気がつくと学校を出て、直美の家へ向かっていた。