第1話
世の中には無限とも言えるほどの音がある。
癒されるような音。
高揚してくるような音。
悲しくなるような音。
不快になる音。
人工的に作った音。
さらに物音などを加えれば、それこそ無限に存在している。
俺は無限に存在する音の中でも、ラケットにボールが当たったときの音が好きだった。
普通に当たるだけではダメで、ラケットを全力で振りきって、ボールがラケットのスイートスポットに寸分の狂いもなく当たったときの渇いた音が好きだ。
キチンとボールがラケットのスイートスポットに当たると、手にはボールを打ったときの反動はほとんどなく、心地よい感触だけが残る。
そのときだけは全てを忘れて無心になることができる。
日々の退屈な時間や嫌なことなど、何もかも考える必要がない。
ボールが当たったときの渇いた音を合図に、俺は自分だけの世界に行くことができた。
テニスというスポーツは基本的に一対一の勝負だ。
相手と勝負がつくまで、知力、体力をフル活動して、徹底的に戦うスポーツだ。
コートに入ったら完全に孤独な存在になる。
誰も助けてはくれない。
だから、テニスは自分との戦いでもあるわけだ。
それだけに団体のスポーツにはない、自分だけの世界を味わえるのだろう。
人生だって結局のところ、自分との戦いなのではないか。
自分に勝ったり負けたりして、自分だけの世界をひたすら奔走しているだけなのではないだろうか。
そこには他人が入るスペースなんて、実はどこにもないのではないか。
そんなふうに考えていると、世界はとても短調でつまらないものに見えた。
俺は無心でラケットを振っていると、あっという間に部活が終わる時間になっていた。
一年の誰かが顧問を呼びに行く姿を見て、軽くため息をついた。
俺が通っている高校はスポーツには力を入れている学校で、特定のスポーツは全国クラスの実力を持つほどだ。
それなのに、テニス部は週二回の練習で、顧問も練習が終わるまでは一度も見には来ない。
もちろん、テニスを教えてもらったことは一度もない。
まあ、気楽でいいという利点もあるが、少し物足りない気もしていた。
しばらくすると、顧問がテニスコートまで来て、終わりの挨拶だけは偉そうにしていった。
当然、部活にも来ない顧問など誰も尊敬していないし、すこぶる評判が悪い。
それでもいちおうみんな顧問にしたがって、コートに向かって一礼した後、「おつかれさまでした」と終わりの挨拶をした。
俺は顧問が戻って行くのを確認した後、とぼとぼ歩いて部室に向かった。