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魔導の誘う救世譚  作者: かっこう
第一章
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 俺は今外見がガキ以外の何者でもねぇ先生と廊下を歩いている。外見ガキのくせに黒いカーディガンを羽織り、膝下までの黒いスカートをはいて大人っぽさを漂わせている。ちび具合からは不釣り合いな大人びた端正な顔立ちもそれに拍車をかけている。

 もう何度目かわからねぇが、この学園はおかしいと思う。

 俺の身長は一七五センチなんだが、目の前を歩く担任様は俺の胸よりも低いというチビ具合をほこっている。

 朝職員室で先生を見たとき思わず「……なんでガキがこんなとこに?」なんて呟いてしまったほどだ。……その結果として俺は、これから担任になる藤川ふじかわ みやび女史にぶんなぐられて頭に大きなたんこぶを作ってしまったわけだが。

 それと、制服のセンスもおかしい。黒いワイシャツに紅いネクタイ、漆黒のブレザーには金の刺繍ししゅうがあしらわれ、漆黒のスラックスも相まってもう真っ黒である。これが特待生の制服だというのだからセンスを疑いたいところである。

 こつこつ、と俺と藤川先生と俺の足音がだけが廊下に響く。何故かどこの教室の前を通っても何も聞こえないんだ。

 どういうことだ? 誰もいない訳じゃあるまいし、何か話し声とかが聞こえても良さそうなもんだけど。

 気まずい上に怖いが聞いてみるしかねぇ。聞くは一時の恥と恐怖、聞かぬは一生の恥だ!!

「あ、あの〜、藤川先生?」

 意気込んでみたものの、朝の一撃とその時の般若はんにゃのような雰囲気の先生がトラウマになりつつある俺の口からは、なんとも弱々しい声しか出なかった。

「何だ?」

 ギロリ。

 歩みは止めないが、先生はこちらをにらみながら振り向く。やはり、まだ朝ガキ呼ばわりしたことを根に持っているらしい。

 それだけで気圧される俺。

 なさけねぇぇ!!

 いや、マジでこの人怖い! きっと睨むだけで人が殺せるぜこの人。

 いやいやいや、男だろ俺。勇気を振り絞れ!

 なんで担任に質問するのに勇気が必要なのかとは思うが、勇気を振り絞る。

「え〜っと、なんで教室から何も聞こえないんすか?」

「結界だ。遮音、及び強化のな」

 音の遮断と、強化か。強化っつうのは魔導で壊れないようにか。

 凄い、な。

「クソガキ」

 クソガキって、見た目子どもなので何というか微笑ましい。

「なんすか?」

「私が質問に答えてやったんだ。かわりに私の尋問に答えろ」

 尋問!? 生徒に何しようとしてんのこの人?

 まあしかし、俺はそう簡単に他人には従わない——

 ギロリ。

 ——訳が無い。藤川先生には従う。

「お前、魔導師になって一ヶ月だそうだが……戦闘経験があるな? それも恐らく殺し合いレベルのだ」

 なに……?

 夏の戦いから情報の分析がくせになっているので、先生の言葉から分析する。

 言い方からして学園長から俺のことを聞いた訳では無さそうだ。となれば、何故気づいた? いつ気づいた?

 そういえば、この学園の教室は結界で強化されている。職員室も例外ではないだろう。ならば、そう簡単に壊れるものじゃ無いはずだ。

 しかし、朝先生は俺を殴り飛ばした。

「おい」

 そして壁を貫通して廊下に放り出された。

 反射的に〈魔素〉を体中に流して身体能力を強化し防御できたからいいものの、それが無かったらこぶではすまなかったはずだ。生徒をそんな力で殴り飛ばすのはどうかと思うが、ガキ扱いは逆鱗に触れたのだろう。

 紅葉もみじとの戦闘経験がなかったら、反射的な防御は出来なかったと思う。

「おい」

 つまり、その時か?

「……聞いているのか? クソガキ」

 ごごご!! と俺の前で立ち止まって仁王立ちする修羅せんせい。どうやら俺はいつの間にか立ち止まっていたらしい。

「ひぃっ!? すみません、ちょっと考え事を」

「考え事? 戦いを思い出してでもいたのか?」

 親指と人差し指をあごにあててこちらを見上げてくる藤川先生。

 なんというか、外見がガキなのでそのポーズが似合っていない。

「何か失礼なことを考えているなクソガキ」

 アンタ人の心読めんのっ!?

「いやいや、滅相めっそうも無い。で、考え事でしたよね。いつ、わかったかってことですよ」

「何?」

 さっきまでの雰囲気がやわらぐ。おぉなんか知らんがラッキーだぜ。このまま話を続けよう。

「先生、俺がいつ戦闘経験があるなんてわかったんすか? やっぱり、朝俺をぶっ飛ばした時っすか?」

「ほぅ……鋭いな」

 先生が感心したように呟く。

「どっちがそうなんだか……でも、何故?」

 先生がフッと笑い、その顔に俺の顔が映る。

「私がお前を殴ったとき……お前は反射的に〈魔素〉で体を強化した」

 確かにそうだったな。

「心当たりがあるような顔だな。いいか、〈魔素〉による体の強化は高等技術だ。それを一月で反射的に行うのはまず不可能と言っていい、しかし——」

 俺を見据える先生。

「殺し合いで無理矢理鍛えられたなら別だ」

 なるほど……しかし、それを一撃で見抜くって、ほんとにどっちが鋭いんだか。

「ふ……確かに殺し合いはやりましたね」

「そうか。なら行くぞ」

 は? 「いくぞ」って……そっけな!?

 それだけ? ちょっと真剣な雰囲気だったのにそれだけ!?

「おい、何してる、行くぞ」

 ま、いっか。

「わかりましたー。じゃ、行きま……」

 いや待て。俺はとてつもなく重大なことを聞き忘れていた。

「先生」

「なんだ? 時間も押しているんだ。歩きながらにしろ」

 そっけなく切り捨てて前を歩いていく先生だが、最初までの空気の悪さは無い。

「大事なこと聞き忘れてたんですけど、俺何組ですか?」

 何となく嫌な予感を抱えつつ聞いてみると、先生は何事かを思案するようにあごに手を当てた後、ぽんっと右手で左手のひらを打った。

「そういえば言っていなかったな。お前は一年D組だ」

 な・ん・だ・とおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 よりにもよってな如月学園だったのに、更によりにもよってD組だと。

 ふざけんな!?

 神は、神は俺を見捨てたのか!?

「……何だ、どうした? まるでこの世の終わりみたいな顔して」

 振り向きながら先生は冗談めかしてからかってくるが、正直今の俺には冗談に聞こえない。

「先生、組って今から変えられないんですか?」

「無理」

 二文字でぇっ、二文字で俺の希望が断たれたぁぁぁぁぁぁ!?

「お前、大丈夫か? 今度はまるで生きる希望を失ったかのような顔をしているが」

 まさにそのとおりだ! 生きる希望ってのは大げさだけど、少なくともほんの少しの平穏のある学園生活を送る希望が断たれたよ。

 まあそれでも、まだ希望をあきらめきれない。

「あー先生? D組って立花たちばな 真結まゆいって女生徒います?」

「立花? あー、いるぞ。うちのクラスの天才児だ……立花? お前も立花だったよな」

 先生がこちらを振り向いてくる。その目には純粋な興味を感じた。

「兄妹か?」

「……えぇ、妹です」

 希望が散っていく。やはりいるんだ、あのクラスに真結が。

「もう魂が抜けきったような顔になってるな……仲でも悪いのか?」

「いや、仲はむしろいい方だと思います。でも……」

「でも?」

 確かに仲はいい。いいんだけど、真結は過保護すぎるんだ。

 中学のときに大げんかした時は、十時間正座させられて説教を受け続けた。ちょっとした出来心で夜十二時くらいまで家に帰らなかったときもそうだ。その時の雰囲気はもう、なんというか鬼だ。

 逆らえないんだ、怖すぎて。

 たかがけんかや家への帰りが遅かっただけでそれである。殺し合いのあげくにこの学園に来たなんて言ったらどうなるか……想像もしたくない。

 それを先生に話すと、

「ぶはははははははははははははははっっっ!! 何だお前妹に頭が上がらんのか。妹の説教が怖いって……く、く、くはっはははははっはは!!」

 笑いやがった!

「笑い事じゃねぇっ!! マジでやばいんですよあの説教。ごはん抜き水抜きトイレにも行けないっ! そんな中で鬼のような雰囲気の真結の説教を延々と……死ぬんだよっ、精神的にぃっ!」

 俺の必死の叫びもむなしく、先生は廊下を転げ回りながらひぃひぃいってる。いや、今むせた。きっと笑い過ぎでむせた。

 ひでぇ、ひでぇよこの教師。生徒の悩みを笑いやがって。

「はぁ……はぁ……ぶははっ! おえぇっ……ふははっ! はぁ……はぁ……あぁーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

「どんだけ笑えば気が済むんだよっ!? そんなに笑う要素があったか!?」

 前言撤回。ひでぇなんてもんじゃねぇ。こいつ真性のサディストだ。 

 その後しばらく大爆笑していた先生だったが、だんだん落ち着いてきた。よかったよ、遮音の結界が張ってあって。

「はぁ……はぁ……気を取り直して、今すぐ教室に向かおう! そしてお前の妹に会うんだ! いくぞっ、雷のように!」

「不可能だ! 少なくとも俺はそんなに速くは動けねぇよ!」

「軟弱者め」

「何で!? 雷のように動けないと軟弱なのかよっ!」

 「そのとおり」と胸を張る藤川先生に、更にツッコミを入れる俺。はたから見れば冷たい目で見られること間違いなしなやりとりはD組の教室の前に着くまで続いた。



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