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しばらく先輩と談笑していたが、さすがに時間がヤバくなってきたので歩きながら談笑を続ける。
やはりこの人が俺の出迎え役だったらしく、このあと学園長室まで連れて行ってくれるらしい。
この先輩も最初はおどおどしていたが今は普通にはなせているし、話している感じからしてなにげにしっかりしている。それでも俺の胸あたりまでしかない身長と可憐な容姿も相まって、なんというか子どもっぽい印象が強いが。
まあ、そこまではいい。問題なのは彼女の名前にあった。
御堂 雪菜
その名前を聞いたときは思わず冷や汗がつたった。御堂といえば『あの男』の血縁者である可能性が高いからだ。
ヤバいぞ。俺あいつぶっ飛ばしちゃったんだけど! 兄妹だったらどうしよう。
そんな動揺を隠しつつ「いい名前ですね。俺は立花 宗一」なんて普通に自己紹介できた俺は実は天才なんじゃないだろうか。
とはいえ、びくびく接していてもしょうがないので普通に接する事にした。
しかしだ、やっぱり気になる。この先輩はあいつの関係者なんだろうか?
「……なあ、突然なんですけど先輩に兄妹っています?」
かなり答えにくい事を尋ねてしまったらしい。さっきまでの笑顔がなりをひそめ、どこか嫌悪感すら感じさせる苦い表情をしている。
「……兄妹はいるよ。妹が一人、それと血縁上では兄なのが一つ」
それでも教えてくれた。まだ表情はしかめられたままだが、この先輩は人当たりがいいにだろう。
俺だったらきっと適当にごまかすしな。何のしがらみも無い平和な兄妹ならともかく「血縁上」とか「一つ」なんて言ってるってことは何かありそうだし。
——本当にあいつじゃないだろうな?
「へぇ、名前はなんて言うんですか?」
「えっと、妹は春菜で……もう一つは紅葉だったかと」
あいつじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
どうしよう。俺あいつのことおもいっきりぶっ飛ばしちゃったんだけど!? 恨まれたりしてたらどうしよう。
いや、いいままでの言葉からいい感情は感じられない。
ということは、兄が嫌いなんだろう。
「アンタ、兄貴のこと嫌いなんすか?」
「ううん。嫌いじゃないよ——」
何ぃぃぃぃぃぃ!
今までの言葉の端々から感じた嫌悪感とか苦虫をかみつぶしたような顔は、全て俺の気のせいだったのか? だとしたら俺恨まれてる?
マジでどうしよう。誰だよこの人を俺の出迎え役にしたのわっ!
「——生理的に無理なだけで……ほんとう、早く死ん……なんでもない」
そういうことかよっ! 狼狽えて損したわっ!
しかもこの人今「早く死んでくれないかな」って言おうとしたよ多分。怖くて確認できないけど。
嫌いよりもっとひでぇよこの評価。
初めててめぇに同情するぜ、御堂 紅葉。
まあでもこの分なら俺が恨まれてるってことは無さそうだ。
いやしかし、照れ隠しって可能性も……無いな、これっぽっちも。表情が本気だった。殺気すら漏れだす程の——まるで般若のような——容貌だった。
本当に俺が恨まれてるってことは無さそうだな。
「そういえば——」
さっきまでの殺気すら感じる冷たい表情から一転、再び笑顔になった先輩は、何か気になるのか俺の方へ興味津々といった目を向けてくる。
「——なんでこの時期に編入なの? しかもこの学園に」
あぁ、それは気になるだろうなあ。日本でトップクラスの魔導教育機関である如月学園には、基本的に転校や編入といったものは存在しない。
ただの高校ならいざ知らず、如月学園に一度入学したら転校なんて出来ないし、他の学校から転校してくる事も出来ない。
ましてや、いままで高校にすら通っていなかった十六歳が編入なんてありえない。
だから気になったのだろう。適当にはぐらかしてもいいんだけど、この人が麗華さんの知り合いで、後で本当の事を聞いたりするといろいろと面倒臭くなる。
まあ別にあいつの事話さなけりゃあいいか。さすがにアンタの兄貴をぶっ飛ばしたからだ、なんて言えねぇしな。
「ここに編入した理由はですね、今年の夏なんですよ。つまり、一ヶ月くらい前っすね。今日が始業式の次の日だから」
「なにが?」
きょとんとする先輩に思わず笑みがこぼれる。可愛らしいなあ、この人は。
「魔導師として覚醒したの」
魔導師としての覚醒とは、魔導の適性判定でランクE以上の判定を取る事なんだ。
魔導を発動させるために必要なエネルギーである〈魔素〉の体内に保有できる許容値のランク、そして〈魔素〉と人体の相性の高さを示す親和性のランク。この二つのランクを総合した判定がE以上の人間でなければ魔導は使えないってわけだ。
しかし、この魔導師としての覚醒が起きるのは普通五〜十歳であり、十六歳で覚醒したやつなんかいない。俺をのぞいて。
で、これがかなり異常な事らしい。いろんなやつが信じられないようなものを見る目で俺を見てきた……もう慣れたが。
そんなわけで、だいたいの奴と同じ反応するんだろうなぁと予想は出来ていたので、先輩が口を開けてぽかんとしているうちに耳を両手で塞ぐ。
そのすぐ後、
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
先輩の絶叫が学園の門から校舎までの長すぎる道に響き渡った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
驚愕した先輩の質問をかわしつつ、歩いているとようやく校舎についた。
いや、なにこれ。これが校舎? でかすぎるんじゃねぇか、いくらなんでも。
「これ…………校舎、か」
ほけている俺がおかしかったのか、くすくす笑いつつ教えてくれる。
「ふふ、驚いた? そう、これが第一校舎だよ」
マジかよ。五十メートルはあるぞこの校舎。
ん? なんかものすごいこと聞き逃した気が……。
「……第一?」
「そうだよ」
平然と答える先輩に当たり前の事だと思いそうになってくるが……いやいや、おかしいだろう。
「ちなみにいくつあるんですか、校舎?」
「七個だよ」
七個って……ありえないだろっ! どんだけ金あんのこの学園。
「あ、でも、闘技場とかが四つあるから全部で十一個かな」
はあっ!? 本格的におかしいよこの学園。どういう感覚してんだ。
いや、気にするのはよそう。この学園は金持ちってわかってたんだ……だから来たくなかったんだけど。
「まてよ? ここに来るまでそんなの見えなかったんだけど」
そうだ。全然見えなかった。
もしかして——
眼球に直接〈陣〉を展開し——魔導の発動には〈陣〉の展開が必要なんだ——辺りを見回す。
——マジかよ。
広範囲にわたって敷かれた、恐らくは不可視結界。資格のある者にしか見えないようになっているんだろう。で、恐らくこの学園の生徒や教師ってのが資格かな。
俺はまだ正式に生徒になった訳じゃないから、唯一結界の範囲外のこの校舎だけしか見えないんだろう。
「……す、すげぇな」
「え? なにが?」
聞き返してくる先輩に俺は普通に返す。
「結界っすよ。不可視結界ですよね、これ。これだけの規模にこの範囲、それに加えて〈魔素〉に敏感な俺ですら《破魔の目》を使わなきゃ気づけなかった」
先輩は何故か驚愕している。
「ど、どうしてわかったのっ!? 結界があるって。あと、《破魔の目》って?」
もしかして、普通は出来ない事だったか?
やっちまった。面倒くせぇ。