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「なんでこんな事に……はぁ」
目の前の荘厳とした門を見て、思わず溜息を漏らしてしまった。
正確には門の柱に刻まれた如月学園の文字を見て。
何故俺はこんなところにいるのか。如月学園と言えば魔導教育において日本屈指の学園で、俺には全く関係ないものだと思っていたのに。
いや、もう魔導と関係ない人生とは一月ほど前におさらばしてしまったので、魔導の教育を行う学園に入る事は別にかまわないんだが……よりにもよってどうして如月学園なんだ。
そんな事を考えていたら、ズボンのポケットから軽快なリズムの音楽が流れ始めた。
ポケットから携帯を取り出し電話に出る。
『宗一、私よ』
電話ごしでも相変わらず綺麗な声してんな。この声を聞いてるとなぜかもっと聞いていたくなるんだよな。
その綺麗な声の持ち主は、千条 麗華。電話の向こうにいる少女は俺がここにくる事のきっかけになった事件に大きく関わったひとである。
『ちょっと宗一、聞こえてる?』
「聞こえてますよ。悪いっすね、ちょっと考え事してたんで」
『考え事って……どうしたのあんたらしくもない』
「いや、まぁ、なんでこんなとこに俺はいるんだろうって」
アンタの声は綺麗だよなぁなんて思ってました、などと正直に話すのは恥ずかしすぎるので適当にごまかしておく。
『なぜって、そんなの決まってるじゃない』
この自信満々な声は何だろう。電話の向こうで妖精めいた濡羽色の髪の美少女が意味も無く胸を張っているところが、容易に想像できてしまった。
だが、何が決まっているというのか。
俺がこの学園に来ることが予言されてでもいたんだろうか。
それとも、この電話の向こうにいる少女が俺をこの学園にねじ込んだのだろうか……いや、さすがにそれは……ありそうで怖いな。
『あんたが馬鹿だからよ』
まじめに考えてた俺が馬鹿だった。ていうか、理由になってねぇよ。
「なぁ麗華さん、それ理由になってねぇと思うんですけど」
『はぁ? 何とぼけた事言ってるのよ。いい、そもそもあんたが出会って間もない女のために命かけちゃうような馬鹿じゃなきゃここに来る事もなかったでしょ』
「そりゃまあ、そうですけど」
反論の余地が無かったので相づちを打ち、前を見上げる。さっきから思ってたがでけぇ、無駄にでかいよこの学園の門。それだけでなく、学園の敷地を囲うようにしてそびえる壁。
何メートルあるんだろうか、これ。
「話は変わるんだが……この門と壁でかすぎじゃねぇですか?」
『そうでもしないと。周りに魔導の被害とか出ちゃうと大変でしょ。それに名家の子達も結構いるし』
なるほど。確かにこれだけ大きければ周りに被害が出る事も無いだろう。
名家のぼんぼんを狙うにしても、まるで城壁だしな。魔導で結界も張ってあるみたいだし、そうそう侵入も出来ねぇだろうな。
『そんな事より、わかってるでしょうね』
「なにが」
ある程度の予想は出来たがあえて聞き返す。出来れば俺の予想はずれろと祈りつつ。
『めんどくさいからって手抜いたりしたらだめよ』
予想どうりだった。しかし、本気でやると面倒な事になりそうなので、手は抜きたい。
「ちょっとくらい——」
『だめよ』
——いいじゃないですか。と言おうとして遮られた。
『あんたは手を抜きすぎるからだめなの。ここは如月学園よ、いくらあんたでも手を抜きすぎれば馬鹿にされるわ』
「別にいいじゃねぇですか、そんなの」
『だめよ。あんたが耐えられたとしても私がだめなの。あんたを馬鹿にしたやつなんか潰してしまうわ』
潰すって……怖いよこの人。本気でやりそうなところが。
麗華さんの事だ、俺が馬鹿にされてれば自分の事のように怒ってくれるんだろう。そうなるとやっぱりまじめにやらない訳にはいかねぇか。あの人の怒ってる顔は見たくねえしな。
「わかりましたよ。まじめにやります」
『ふふ、ありがと……あ、ごめん。そろそろ授業が始まるから切るわね』
「わかりました。こっちも出迎えの人来たみたいなんで」
言いつつ内側に開いている両開きの門を眺める。
門から恐らく学園の校舎までつながっている道をこちらに向かってくる女性が一人。
『あ、そうそう、言い忘れてたんだけど』
「なんすか」
『大好きよ!……また後でねっ』
麗華さんは慌てたように電話を切った。
今、俺の顔はどんな風になっているのだろうか。
今のは不意打ちだった。ある事件以降ほぼ毎日言われ続けた言葉ではあるが、いまだ慣れない。
年下をからかうのは勘弁してほしいところだぜ。
「あの」
「うおぉっ」
「きゃっ」
どうやら麗華さんとのやり取りの間に近くに出迎えの人が来ていたらしい。急に声をかけられたのでびっくりして声が出てしまった。
そのせいで相手の人を驚かせてしまった。
「あー、すみません。アンタが近くに来たの気づいてなくて」
近くで見ると可愛い人だな。まるでサファイアのような蒼い目に、うすく桃色がかった銀髪。白磁のように白い肌も相まって、何とも可憐な印象を受ける。
それと、制服の袖に黄色のラインが入っているから二年生で先輩なのだろうが、授業はいいのだろうか。ちなみに一年生は赤、三年生は青、四年生は白である。
「い、いえ、その、気にしないでください。それと、あ、あのあの、あたしの顔に何かついてます?」
どうやら見つめてしまっていたらしい。
「いや、なんつーか……」
「は、はい」
まずい、どうしよう。うまい言い訳が思いつかない。
いや、ここは正直にいこう。そして見つめちゃってた事を謝れば許してくれるはずだ……たぶん。
「あのですね、先輩が可愛いんでちょっと見とれてました。すみません」
「え……かわいい…………」
なぜか顔を赤くしてぼーっとする名も知らぬ先輩。
数分待ったが頬を赤らめぽけっとしたままだっったので、声をかけてみる。
「おーい」
ついでに、顔の前で手を振ってみる。
それで気がついたらしく、俺に顔を向ける。
「ごごご、ごめんなさい。あたし、ぼーっとしちゃって」
「いや、別に謝る必要なんかねぇですけど」
ていうかこの人あまりにも申し訳なさそうにしてるから、逆にこっちが謝りたい気分になってくるな。
「そ、その、あたし、男の人に可愛いなんて言われたの初めてで、あの、恥ずかしくなってしまって」
なぜか必死に弁解を始める先輩。おろおろしてんのも可愛いな。
って、そうじゃなくて、この人は俺の出迎え役だろう。予定ではこの後学園長室に行く事になってるんだが。
「なあ、アンタ」
「はいぃっ、なな、なんでしょう」
「緊張しすぎ」
あまりにも緊張している様子だったので、ついつい苦笑してしまう。
俺の言葉に少しぽかんとしていた先輩だが、すぐに笑顔になってくれた。
「そうだね、あたし、緊張し過ぎだよね。学園長から凄い子が来るっていうから、怖い人をイメージしてたんだけどなんだか優しそうで安心した」
凄い人って……そうゆう宣伝やめてほしいなあ、まったく。
そんなことより、名前も知らない先輩の笑顔を見て、可愛いなぁなんて思ってる俺は馬鹿なんだろうか。