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終劇

 美由紀がそう言うと、星姫は小さくうなずいてみせた。

「復讐を誓ったあとは、まるでわたしの心が引力を持ち始めたように、様々な偶然が重なったの。もっとも、偶然なんて存在しないというのが、わたしたち占い師の主張なんだけどね。伊丹さんがおとずれた、ほんの二日後。閉店まぎわに、荻原新一郎がふらりと黒猫亭を訪ねて来たのも、やっぱり偶然のイタズラとしか考えられなかった」

 暗い魅力を感じた、と、星姫は言う。

「荻原が病魔にとり憑かれているのは、一目瞭然だった。即決で高額なアクセサリーを買ってくれたので、わたしは儀礼上、お茶を勧めたわ。金儲けにしか興味のない男だと思っていたけど、話してみると、意外に知識の幅が広いのね。科学全般から民俗学にいたるまで、よく調べていたし、独自の解釈も興味深かった。

 いつしかわたしたちは、個人的に逢うようになっていた。かれはかれの計画を、包み隠さず、わたしに話した。K駅前を完璧な街に作り変えたいと、かれは言った。日本の街並は、どこもごちゃごちゃと場当たり的で醜い。いまこの国に必要なのは、数学的に計算された美しい都市だと、かれは言うのね。

 驚くべきことに、かれは巨大なコンピューターを、極秘裏にこの近くへ運びこんでいた。ちょっとした倉庫ほどの箱が、何百も連結されたスーパーコンピューターよ。もちろん、それを納めるには墓地なみの面積がいるわ。そこでかれは、駅ビルの開発に人々の目を引き付けておいて、コンピューターを納める空間を密かに確保したの。

 桜吹雪商店街の地下にね」

「じゃあ、得体の知れない地震や、謎の地底人も?」

「前者はCPUの震動によるもの。後者はOMEの技術者ね。最初わたしは、そこまで巨大なコンピューターを設置する意図が読めなかったけど、ユキトくんのゲノムがそこで解析されていると知って、ようやくわかったの。荻原が人工的に、一人の人間を作り出そうとしていることが」

 それはクローンではない。肉体のコピーなら容易に作れるが、今さら着手したところで、成長を待つだけの時間がない。荻原が作ろうとしたのは、ユキトのタマシイのコピーだった。かれのタマシイを、墓標にも似た電子の箱に、封じ籠めることを望んだのだ。ぼくはつぶやいた。

「なぜ荻原氏本人ではなく、ユキトだったのだろう」

「かれ自身、生き長らえることに、執着はなかったみたい。ユキトくんを欲したのは、二階堂弥生さんの子だからでしょう」

「ところが、電子の箱に封じ籠められたのは、ユキトのもう一つの人格……ユキノのほうだった」

「ええ。その話を聞いたとき、わたしはすぐに彼女……微のことを思い浮べたの。ユキノさんを一種のウィルスとみなし、彼女に注入すれば、心と体を備えた、完璧な一人の人間ができ上がるのではないか。彼女たちが望むような」

 お伽話だ、と、一笑に付されるかと思いきや、荻原は異様に目を輝かせた。その頃には、かれはユキトではなく、ユキノの実体化を強く望むようになっていた。二階堂弥生の生まれ変わりとして。

 カップを傾けて、彼女は眉根を寄せた。コーヒーのせいではなく、自身の苦い悔恨のため。

「きっとわたしの心は、鬼になっていたのね。ツノはあるけれど、心は天使のように純真な彼女を騙して、彼女の心を消してしまおうとさえした」

 からん、とカウベルが鳴った。

「あらマスター、お帰りなさい。寒かったでしょう。早く中に入って、ユキノさんも」

 牧村美由紀にうながされ、ユキトが支えるドアから、青いハーフコートを着た娘が入ってきた。さらさらと背を覆う髪。人工的なまでに、整った顔立ち。透きとおる白い肌は、リトルシスターの映像が、決してハレーションの結果ではないことが知られた。テーブル席のほうに、彼女はそっと腰かけた。

 モーニングサービスの小黒板を手に、ユキトが戻ってきた。

「葉隠稲荷で、伊丹さんに偶然逢いました。幸吉さんは、今朝から元気に働いているそうです。星姫さんに逢ったら、くれぐれもお詫びしておいてくれと、言付かりました」

 成功に目が眩んで、いつしかOMEと同じことをやろうとしていた。恥ずかしい限りだ。店は拡張しないし、星姫さんともこれまでどおり付き合いたい。そうかれは言ったとのこと。

「それから、OMEはK駅前の再開発プロジェクトから、撤退するようです。すでに駅ビルでは、巨大モニターの解体作業が始まっているみたいですね」

「ねえユキノさん。彼女に逢わせてもらえるかしら」

 星姫にそう言われて、ユキノはうなずいた。まだ慣れないのか、無表情なままだが、いやがっているわけではないことは、雰囲気から察せられた。やがて青い光の粉が、彼女を縁どった。長い髪が揺らめき、ややのけぞった咽元が白く目を射た。

 姿勢を戻した彼女の耳の上からは、幅の広い、二本のツノが突き出ていた。瞳の色が変わっていた。ゆるやかな舞踏のように、両手が差し出された。真っ白い掌の上には、それぞれ、小妖怪の姉妹が座っていた。キイが立ち上がって腰に手をあてた。

「なんだ、わたしの出番はなしか。茶番劇はもう終わりか。まあいいさ。道化芝居にふさわしく、これから姉さんが決めゼリフを吐くから、拍手喝采の用意をしておいてくれ」

 イコは立ち上がり、テーブルの上にふわりと降りた。足首を交叉させ、エプロンドレスのスカートを、両手でちょっつまむと、

 花のように微笑んだ。

「メシにしましょう、ご主人」(終)

最後まで読んでくださった皆様に、感謝と幸運を。ありがとうございました。

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