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人魚

 部屋へ踏み込んだぼくたちは、青い光に包まれた。

 活人画、というものがある。扮装を凝らした人々を舞台に配して、一枚の絵のように、ストップモーションをかける趣向である。明治・大正時代に流行したらしく、新しいところでは、寺山修司がよく舞台に取り入れていた。

 ぼくが目にしたのは、まさに、一枚の青い活人画だった。もちろん、突然の闖入者に驚いて、部屋にいた人々が動きを止めたせいだ。

 コードが何万匹もの蛇のようにのたうち、這い回っていた。無数のモニターが明滅し、計器類がケイレンしていた。林立する得体の知れない装置たちは、石器時代の奇怪なモニュメントをおもわせた。

 白衣の人物が三人おり、うち一名は女らしいが、皆、ゴーグルとマスクで顔を覆っていた。大入道もいた。フォルスタッフで見たとおりの、張り裂けそうなスーツを着て、滑稽な驚愕のポーズで静止していた。その横で、荻原新一郎は椅子にかけ、蒼ざめた顔で目を見開いていた。

 なぜかレムリアン星姫の姿は、どこにも見当たらなかった。

 部屋の中央には、縦に長い円筒形の水槽が据えられていた。巨大な真空管か、標本用のガラス瓶をおもわせた。すべてのコードが水槽に接続され、細かな泡を盛んに吹き上がる水中を、太い稲妻のような放電が青く貫いた。

 水槽の中には、美しい女の裸身が浸されていた。リトルシスター……ユキノだ。

 かたく閉ざされた瞼とは裏腹に、唇は、夢見るようにうっすらと開かれていた。どういうわけか、駅ビルのモニターにあらわれた時のようなボブヘアではなく、背を覆うほど豊かな髪が、放電のリズムにあわせて揺らめいた。静止した時間の中で、青い水中にたゆとうユキノだけが、夢の中を遊泳しているようだった。

 クロッケーの木槌を逆さに持ったまま、ユキトはゆっくりと水槽に歩み寄った。ガラスに柄を立てかけ、両の掌で、いつくしむように水槽を撫でた。

「ユキノ、迎えに来たよ。ぼくと一緒に帰ろう」

 ようやく我に返った大入道が止めに入ろうとしたとき、すでにユキトは、大きく木槌を振り上げていた。

 キイとイコが同時にポケットから飛び出し、大入道の左右のサングラスに貼りついた。ぼくは旧ザクのようにタックルをかけた。たちまち筋肉の塊に弾き返された後ろから、

「メイダーキック!」

 繰り出されたメイドの美脚は、哀れにも、大入道の股間にヒットした。ごおふる! と奇声を上げつつ、大入道はもんどりうった。

 ガラスが割れた。

 青い水があふれるさまを、ぼくの目はスローモーションでとらえた。無数の蛇のような放電。生命を得たように、揺れ動く黒髪。まるで予期していたように腕を広げながら、ユキノは薄い目蓋をゆっくりと開き、唇に笑みを浮べた。

「……お兄さま」

 ユキトは彼女を抱きとめた。部屋の至る所で、機械類が火花を吹き出した。まるで二人を祝福するように。


 十二月十日。土曜日。

 三日間休んだあと、喫茶店「フォルスタッフ」は営業を再開した。

 さっき数名の客が帰り、そして誰もいなくなった。ぼくとしては、こちらのほうが見慣れた光景なのだが、例の座敷わらし効果が続いているのか、めずらしく朝から客が入ってくる。

 珍しいといえば、まだモーニングサービスの小黒板が出ている間に、ぼくがここにいることだ。不本意ながら早起きさせられている理由は、言うまでもあるまい。

「あら、九日前の朝も早起きでしたよ。ヨコマチ先生」

 九日前といえば、忘れもしない十二月一日。ヤミナベの朝だ。

「だからさ」

「ごめんなさーい。先生とお呼びしちゃいけないのよね」

 牧村美由紀は、唇に指をあてた。

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