さらに、メイ探偵は語る
星姫は席を立ち、小テーブルから煙草を取り上げて、細長い一本を指の間にはさんだ。振り向いた表情に、とくにいらいらした調子は見られなかった。
「どうして、発芽していないほうが、すっきりするの? 話がややこしくなるだけじゃなくて?」
「もともと複雑に絡みあった話でしたからね。ただ、絡みあい、よじれたリリアンの紐が二本と考えては、どうしても解けないけれど。三本だと気づいたとき、三つ編みを解くように、それはほぐれていったのです」
ライターがともされた。メンソールの香りの煙が、ゆっくりと吐き出された。
「あなた、煙草は?」
「ノーサンキューです。話を続けてもよいでしょうか」
指でうながされ、美由紀は語を継いだ。
「さらに話を複雑にしている要素があるとすれば、それは動機がないことです。静香さんだけが、この動機という点から推理をめぐらせていました。キイちゃんの存在を知ってしまうと、静香さんの考えは、一見、的外れに思えますが、じつは最も客観的に分析していたのが、彼女だったと言えます」
「幸吉くんが襲われた動機? 寄生生物の次女が、無差別に襲ったのではなく?」
「動機はある、とわたしは仮定しました。すると、どうしても、ここ、黒猫亭にたどり着いてしまうのです」
「なぜかしら」
「わたしは目立つ恰好をしているせいか、商店街を歩いているだけで、いろいろな人から話しかけられます。いつか静香さんが企業秘密だと言っていた、その秘密についても、まことしやかに囁かれました。黒猫亭の両隣、カメラ屋さんと電気屋さんが、すでに伊丹青果店に買収済みであることも」
無言で煙が吐かれた。星姫は眉根を寄せていた。
「そしてここ黒猫亭へも、伊丹さんから立ち退きの相談が持ちかけられたことは、想像に難くありません。お店の位置関係からして、明白だと言えましょう。三軒ぶんの敷地に第二の伊丹青果店を建設してこそ、薬のハルモトヤスシを挟撃できますからね。けれど……これはあくまでわたしの推測ですが、星姫さんは不本意だった。とても、不本意だった」
「あはは。だからわたしが幸吉くんを襲ったというの? 後ろから鈍器で殴るとかして」
「殴ったのなら外傷が発見されたはずです。でも、実際は病院側も首をかしげるほど、検査には何も引っかからなかった。やはりここで、寄生生物と結びつけるしかないようです。ただし、よじれたリリアンの紐は二本ではなく、三本だと考えた上で」
美由紀は一旦言葉を切り、星姫を見上げた。彼女はあらぬほうを見つめていた。痙攣的な笑いの痕跡が、哀しげな面影に変わっていた。
「星姫さんが、あの奇妙なチェスのルールを知っていたことからして、ここに寄生生物三番めの妹、微が来ていたことは明らかでしょう。便宜上、ゼットちゃんと呼びますが。夷……イコちゃんの話では、ゼットちゃんは、あらゆる姿に変化できるけれど、人間にだけはなれないとのこと」
「わたしが、そのゼットに寄生されていると?」
「いいえ。寄生されているのなら、チェスはできませんもの」
「ではゼットが直接襲ったというの? たしか幸吉くんが女と歩いているところを、胡さんが見たのじゃなかったかしら。だけどゼットは、人間にはなれない」
「そう。何かが欠けているんですね。逆に言うと、その欠けた部分を補ってやれば、ゼットちゃんは人間になれる」
「少し強引すぎない?」
「そうでしょうか。動機という点に話を戻しますと、伊丹青果店の進出に対抗するためには、かれの敵と手を組むのが最善策です。OMEですね。科学オンチのわたしに、かれらが駆使するコンピュータのことはまったくわかりませんが、ただ、駅ビルとその周辺における、怪談めいた噂話はごまんと耳にしています。
それらの話の中心には、ゼットちゃんととてもよく似た『女性』が常にありました。コンピュータによって合成された彼女は、ゼットちゃん同様、人間としては不完全な存在でした。そして、フォルスタッフで起きたある事件から、彼女が独自の意志をもち、やはり人間になりたがっていると考えるに至りました。言うまでもありませんが、彼女の名は、リトルシスターです」
「続けて」
「決め手となったのは、佐々木ユキちゃんの証言です。彼女はゆうべ、黒猫亭の右眼……隣の部屋ですね。そこに映る人影を目撃しています。ショートカットで、頭の上に、尖った猫の耳のようなものが突き出ていたそうです。わたしは、けれどそれは耳ではなく、ツノだと判断しました。つまり、人間と化したゼットちゃんの姿にほかならない、と。
まとめます。星姫さん、あなたはイコちゃんがあらわれる前に、すでにゼットちゃんを黒猫亭にかくまっていた。おそらく、チェスと同じ荷物にまぎれていたのでしょう。イコちゃんとキイちゃんが日本に流れ着いたのは、もともと三位一体だからであり、ゼットちゃんとの『縁』に引かれたからです。
また、あなたは伊丹さんに対抗するために、OMEと接触していた。どういう経緯があったのかわかりませんが、リトルシスターとゼットちゃんという、お互いに不完全な者どうしが合わされば、一人の人間ができあがることを知った。それはOME社長、荻原新一郎氏の利害とも一致するものだった。
おそらく、ゼットちゃんが人間の姿を維持するには、多大なエネルギーが必要だったのでしょう。同時にあなたの復讐心を満足させるために、伊丹幸吉さんを襲わせた。その犯人は、レムリアン星姫さん、あなたというわけです」




