メイ探偵は語る
エプロンがずたずたに裂かれ、白い羽毛のように、周りに散っていた。うつむいていた彼女の顎にあてがわれた指は、ヤイバのように冷たかった。
「顔を上げてちょうだい。ケガをしたくなかったら」
ナイフの先端が咽もとにすべりこみ、外科医の正確さで、最初のボタンを切り飛ばした。美由紀は強いて笑ってみせた。
「メイド拘束切り裂きプレイは、別料金ですよ」
「いつまで減らず口を叩いていられるかしら」
二つめのボタンが切り飛ばされた。そのままわざと手もとを狂わせたように、左肩へナイフは跳ね上げられ、布地をざくりと裂いた。ひっ、と息を呑んだ美由紀の面前に、唇をゆがめた星姫の顔が近寄せられた。片方の乳房を、ぎゅっとつかまれた。
「意外に大きいのね。ふふふ。可愛いわ、真っ赤になって。そうやって少しずつ従順になっていくのよ」
だめだこの人。完全に趣味の領域に没頭している。そう考えながら、三つめのボタンの下に、ヤイバがすべりこむのを感じた。唐突に、坂口安吾の『不連続殺人事件』の表紙が、思い合わされた。彼女が古本屋で入手した角川文庫版には、昔、ATGによって映画化された時のスチール写真が使われていた。
ベッドに縛りつけられた「看護婦」が、恐怖で目を見開いている。その目に、白衣を着た、いかにも病的な男が、ぎらりと光るメスを近づけている。看護婦の白衣は切り裂かれ、片方の乳房が露出している……美由紀はつぶやいた。
「わかりました。洗いざらい白状しましょう」
「降参するの早っ!」
星姫はのけぞっているが、考えてみれば、裸にされてまで隠し通す理由はまったくない。むしろ、手持ちのカードをひと息にぶちまけて、相手の反応を観察するのが得策ではないか。
(名探偵 皆を集めて さてと言い)
ここで洋館の大広間に一同を集めて、「さて」とつぶやきたいところ。現状はなんとも情けないテイタラクで、唇に指をあてる自慢のポーズもキメられない。とりあえずセリフだけでも、メイ探偵らしく切り出してみる。
「さて。そもそもこの事件は、むかし、むかし、中国大陸の辺境で、妖怪の三姉妹が誕生したところに端を発します。彼女たちは、彼女たちの生みの親であるヒゲの老人によって、それぞれ、夷、希、微という名が与えられました」
場合によっては、ふざけていると取られかねない口上だが、星姫は真顔のまま。ナイフを閉じ、スツールを引き寄せて、美由紀の前に腰を落ち着けた。
「それから?」
「三姉妹は、基本的には人の体内に侵入して養分を得る、寄生生物でした。様々な言い伝えに足跡を残しており、三尸の伝承もそのひとつです。彼女たちが、それぞれツノを生やした『鬼』であること……もっとも、ツノのある鬼は、日本特有のイメージだとヨコマチさんは言ってましたが。そして三体がワンセットであることが、言い伝えに残っていたのです」
相変わらず星姫は表情を変えない。メイ探偵は続けた。
「悠久の時をさかのぼり、話を四日前の十二月一日、ヤミナベの夜に戻しましょう。このとき、胡さんが持ち込んだ龍蝨という中国産のゲンゴロウの中に、二つの寄生生物の種が紛れこんでいました。ひとつは長女の夷、もうひとつは次女の希が姿を変えたものでした。姉妹にとって、日本まで運ばれてきたことは想定外だったようです」
「想定外?」
「ええ。それでも決して偶然ではなかったのです。姉妹のうち、長女の夷はヨコマチさんを宿主に選び、かれの体内で翌日の明け方に『発芽』しました。穏やかな性格である彼女は、やがてヨコマチさんの体から外にあらわれ、様々な事実をわたしたちに語りました。妹、希の存在を知ったのもそのときです。
わたしたちは、希がおそらく女性に寄生しているであろうこと。宿主の女性を自在に操って、男性の精気を吸うことを聞かされました。折しも、十二月三日の深夜から朝方にかけて、伊丹幸吉さんが葉隠稲荷の境内で倒れるという事件が起きました。当然、この原因不明の昏倒事件を、わたしたちは、希のしわざだと考えました」
「ヤミナベに参加した女性のうちの一人が、希に寄生されていたというのね。わたしも含めて」
「それがだれなのか、いまだにわたしは知りません。ある実験によって、わたしと佐々木ユキさん以外の三人にしぼられておりますが。もはやどうでもいいことなのです」
「どうでもいい?」
「はい。なぜなら、希……キイちゃんがまだ『発芽していない』と考えたとき、初めて事件の真相が見えてくるからです」




