パラサイト・キイ
「しかし、キイはどこから出てくるんだろう」
生々しい太腿から目をそらし、だれに尋ねるともなく、つぶやいた。一般的な寄生虫のように、消化管に棲まっていると考えれば、入り口と出口ははっきりしている。しかしイコの場合、葉隠稲荷の滝の下へ「ワープ」して出現しており、宿主に対して肉体上の痕跡を、まったく残さなかった。
またあの神社まで逆戻りさせられては、かなわない。そう考えるうちに、夏美がまた吐息を洩らした。見れば、膝を立て、うんと胸を逸らし、シーツをわしづかみにして喘いでいた。百万人のファンが卒倒するであろう、あられもない光景。見てはいけないと思いつつ、視線はなまめかしい曲線を描く肢体に、釘づけにされたまま。
「あああああああああ……!」
これ以上は不可能なほどのけぞった、彼女の胸の、数十センチ上の空間に、ひとつの光球があらわれていた。発光する小型の鞘翅類が球形に寄り集まったような、粒子の粗い光の塊。それは核分裂を繰り返すように、しだいに密度を濃くし、人の形を成しながら、次々とディテールを形成していった。
単調な旋律をハミングするような音が、どこからか聞こえていた。皮膜をおもわせる光球に包まれたまま、十センチそこそこの少女の裸身が、中空に横たわっていた。イコより幾分か大柄で、肌は少し浅黒く、乳房が大きかった。額には短い二本のツノ。背になびく黒髪が、光の粉を吐きながら、生きもののように揺れた。
間もなく少女は目を開いた。緩慢な動作で上半身を持ち上げようとしたとき、光球が弾けて、鱗粉のように辺りに散った。そのまま重力の法則にとらわれて、少女は落下したが、敏捷に身をひるがえし、布団の上で奇麗に片膝をついた。その後ろで、夏美はぐったりと横たわり、いつの間にかハミングも消えていた。
とりあえず、ファンタジックな様式で、近くに出現してくれて助かった。イコと違って、そのあたりも器用というか、「進化」しているのかもしれない。ゆっくりと顔を持ち上げた、二匹めの小妖怪に、ぼくは話しかけた。
「おまえが、キイか」
「『希』だ。が、名前などはどうでもよかろう。約束のブツを、さっそくいただきたい」
「腹ペコなんですねえ」
見事に二匹に増えた居候に肩をすくめ、とりあえず部屋にあるだけの林檎を提供した。飯も二人ぶんほど残っていたので、急いで猫まんまを作って並べる。がっついている姉妹を横目に、いつ胡桃沢夏美が目を覚ますか、気が気ではなかった。
キイを出させたい一心で、ぼくは少々焦りすぎたかもしれない。むしろ一旦夏美を帰宅させ、あらためてキイの意思でバイモを飲ませたほうがよかったのではないか。けれどあの時は、ただの脅しにせよ、腹を食い破りかねない勢いだったから、やはりこうするしかなかった。ずっと監視している必要があった。
しかし、どう説明する? この状況を。一人暮らしの男のワンルームで、しかも男の布団に寝かされているという、アンビリーバブルな状況を。よこしまな思いを抱いたぼくが、よこしまな方法で彼女を眠らせ、よこしまなことをするために部屋に連れ込んだ、としか考えられまい。ほかにどんな合理的な解釈があるだろうか。
頭がくらくらした。やがて彼女は目を覚まし、驚愕し、胸を掻きいだき、ケダモノ! と叫ぶだろう。突入する警官隊。手錠の音。薄汚れた取調室。カツ丼を食い終わり、涙ながらに自白するぼく。出来心だったんですよ、警部さん。彼女が紺色のハイソックスさえ履いてなければ、ぼくだってこんなことは……
「うん……」
シーツの上で、彼女は身悶えた。やばい、目を覚ましそうだ。なのにまだ言い訳のひとつも思いつかない。そうだ、論より証拠、不条理には不条理を。いっそのこと小妖怪たちを見せてしまおうか。けれどもし、不条理のダブルパンチに繊細な彼女の神経が耐えられなかったら、どうする?
(ほーら、妖精さんだよ。妖精さんが、きみのお腹から出てきたんだよ)
(うふふふふふふ……)
って、だめだだめだ。こんなところで彼女を発狂させては、さらにコトがややこしくなる。とりあえず満腹している姉妹を押入れに放り込み、何をしやがるコンチクショーと罵倒するキイを黙らせるようイコに命じて、来るべき瞬間にそなえた。胡桃沢夏美が目を開いたのは、ほとんどタッチの差だった。
「あれ?」
とだけつぶやいて、彼女は身を起こすと、布団の上にぺたんと座り、スカートの裾を引っ張った。ブラウスのボタンが二つ外されていることを指で確かめ、それからぼくの顔を見た。しばらく何も言わず、ぼくに弁明する余地も与えず、じーっと見つめていた。
「ここは?」




