駅ビルの謎
商店街を抜けると、そこは異次元だった。
老若男女がわき目もふらず、他人に道を譲ろうなどという概念は一ミリグラムもなく、猪突猛進しているから、母さん、東京は怖かところですばい。めまいを覚えたように、立ちすくむぼくのとなりで、美由紀が小さなくしゃみをひとつ。
「その頭のひらひら、取ったほうがいいんじゃないか」
さいわいメイド服は、ほとんどコートで隠れるものの、ヘッドドレスというのか、頭のやつがものすごく目立つ。商店街の中でこそ、彼女の奇矯な趣味は認知されているが、アーチを一歩出たとたん、冷たい視線が突き刺さってくるようだ。
ほんとうは、商店街で用事を済ますのがベストなのだが、不人気作家とメイドが二人して買い物すれば、三十分も待たずに、隅々まで情報が行きわたる。それではヤミナベにならないので、駅ビルのスーパーまで足を運ぶことにしたのである。
「仕方がありませんねえ。ヨコマチさんが、どうしても脱げというなら」
と、誤解を招きそうな発言とともに、美由紀はひらひらをコートのポケットに仕舞った。
駅ビルにはまだ足場がかけられ、巨大なモニターだか電光掲示板だかが、取り付けられようとしていた。内装はとっくに済んでおり、新店舗も全てオープンしたのに、この工事だけが予定より大幅に遅れている様子。いったいこんな作業の何に手間取っているのか、ぼくにはわからないが。
「けっこう負傷者が出ているそうです。なるべくニュースにならないよう、お金で揉み消しているみたいですけどね」
ぼくの考えを読んだように、美由紀が言った。
あの工事を発注している会社は、たしか、「Opened My Eyes」、略してOMEだったはず。もとは不動産業者か何かだったが、電脳企業に鞍替えしてからは、えげつないまでのM&AやらTOBやらを繰り返し、はちきれんばかりに膨張した巨大資本の怪物である。
「たいして難工事とも思えないんだがなあ」
「それが出るらしいんですよ」
「出る?」
「ええ。若くて奇麗な女の幽霊が出て、作業員の足を引っ張ったりするようですよ」
みょうに真剣な表情を前にして、失礼ではあるが、思わず吹き出した。都市伝説にしてもレベルが低い。もうちょっと、もっともらしい因果が説明されても、よさそうなものではないか。例えば、駅ビルの地下は墓地だったとか、ク・リトルリトル神の祭壇があったとか。
地下食料品売り場は、アイスホッケーができるほど広かった。
こんな強敵が目と鼻の先にありながら、伊丹青果店はなかなか健闘していると、あらためて感心させられた。多少曲がっていようとも、ぷりぷりと新鮮な野菜を安く売るからだろう。
先に美由紀は「カレー鍋用スープ」というレトルトパックと、豚ばら肉をいくつかバスケットに放りこんだ。これだけで下ごしらえができるというから、便利なものである。あとは「ブツ」を選べばいい。
「ブツは食料品に限りますからね」
「断るまでもないだろう」
「ひゃあ、ヨコマチさん。このタコ、まだ生きてるみたい。鍋の中を泳がせてみましょうか」
「ユデダコになるだけだろう」
こんな調子で、彼女はタコをまるごと泳がせる計画をあきらめ、ゲソやらホタルイカやらを大量に買いこんでいた。なぜそこまで頭足類にこだわるのか。ク・リトルリトル神でも召喚するつもりなのか、まったくわからないが。
ぼくはというと、あくまで無難な野菜をチョイスした。全員がネタに走った場合の中和剤として。
外はすでに日が暮れかかっていた。上京して五年。冬の東京の日暮れの早さには、いまだ違和感をおぼえる。五時ですでに真っ暗になり、ランドセルを背負った小学生が闇の中を下校しているなんて、母さん、九州ではあり得ない光景ですばい。




