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チェックメイト

 チェスにおけるクイーンの駒は最強に設定されているが、このゲームでも、様々な恐るべき力が与えられている。星姫は赤の女王を「ワープ」させ、突如、相手の陣地内に出現させた。このまま下手に怒らせると殺戮モードに入り、守備兵の首がことごとく跳ねられてしまう。美由紀はちょっと眉をひそめ、「道化師」の駒に手をのばした。

「それは何とも言えませんが。推理ゲームらしく、先に訊問させてください。星姫さん、あなたは十二月三日の夜八時以降、どこにいらっしゃいましたか」

 道化師に攻撃力はない代わりに、あらゆる駒から危害を加えられない。この駒をクイーンに隣接させ、プレイヤーである美由紀が何か面白いことを言っているあいだ、クイーンは足止めを食らう。現に彼女は、この「訊問ごっこ」にのってきた。

「土曜日でしょう。早めに店を閉めて、そのまま二階へ上がったわ。食事も済んでいたし、シャワーを浴びたあとは、二時過ぎまでチェスをしていたかしら。そう、このゲームよ」

「お一人で?」

「ノーと答えたら?」

「アリバイが成立します。そのかたがだれなのか、教えていただければ」

 女王は動けず、美由紀が守備兵を逃がすのを、星姫は手をこまねいて眺めていた。

「守秘義務を行使させていただくわ。わたしはその夜、たしかにある人と一緒だった。でもその人がだれなのか、それは答えられない」

「ほんとうに、人なのですか?」

 星姫の表情が、一瞬凍りついたのを、美由紀は見逃さなかった。すかさず、「農夫」や「羊飼い」など、非戦闘員から成る別働隊を、赤の王宮へ侵入させた。かれらは最初から城壁にせまっており、クイーンが出て守りが手薄になったところをついたのだ。恐るべき女王は、退却を余儀なくされた。

「どういう意味かしら」

「言葉どおりの意味ですよ。このゲームのルールを知っているのは、決して『人』ではあり得ないのです」

「人でなければ、何だというの?」

「三尸」

 別働隊は王の居間にせまった。星姫は無言でキングを「寝台」の上に重ねた。これによってキングは眠りに入り、動かせなくなるかわりに、目覚めなければ何人たりとも倒すことができない。美由紀は別働隊から「侍女」の駒を選んで、眠れる王のもとへ送った。

 侍女の駒は別名「女道化師」と呼ばれる。道化師のように不死身ではないが、同様にプレイヤーの話術を用いて、相手の駒に影響を与えることができる。もし三手進める間に、相手が話に聞き入っていたら、キングは目を覚ます。美由紀は語を継いだ。

「それが人に寄生する妖怪であることを、あなたは知っていました。妖怪、という言葉は適切でないかもしれませんが、便宜上、そう呼ばせていただきます。ヨコマチさんのお腹に異変が起きたとき、あなたは三尸を連想せずにはいられなかった。東洋の妖怪に造詣が深いとは思えない星姫さんが、です」

 農夫の駒が動かされるのを見つめたまま、星姫はつぶやいた。

「こう見えても、幻想文学には詳しいつもりだけど」

「西洋の妖怪については、お詳しいでしょう。わたしも伊達に、黒猫亭の常連をやってはおりませんよ。ここで妖精の画集や吸血鬼映画の写真集は見ましたが、百鬼夜行絵巻のたぐいは一度も目にしませんでした。もともと好みではないのでしょう。それなのにあなたは、三尸を知っていた。それがサンミイッタイの妖怪であることを」

「三位一体……?」

 羊飼いが動いた。この駒が相手の「一角獣」と同じマスに入ると、それを使い魔のように使役できるようになる。

「三つの体をもち、三つの個性をもつけれど、決して切り離すことのできない『縁』で結ばれている……三尸の名を口にした時、星姫さん、あなたはすでに知っていたのです。彼女たちが三姉妹であることを。そのことをあなたに話してくれた人……いいえ、妖怪の『姉』が、いずれ必ず身の周りに現れるであろうことを」

 一角獣が動いて、王の胸に一本の長いツノを突きつけた。侍女の話に聞き入っていた、キングは目覚めた。

「チェックメイトです」

 そう言った瞬間、体の力が全て抜けた。糸の切れたマリオネットのように、美由紀はテーブルに突っ伏した。駒がばらばらと倒れ、冷たいチェス盤に頬が押しつけられた。急速に遠のいてゆく意識の向こうで、レムリアン星姫の声がうつろに響いた。

「赤のキングを起こしてはいけなかったのよ、アリス」

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