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z=Y/2

 ストーブが燃えて、部屋の中はすでに温まっていた。あたりまえのように、ぼくたちは朝の食卓を囲んだ。妖怪があたりまえのように参加している食卓を。

「ユキトの具合は?」

「部屋で寝てるみたいです。訪ねてみたのですが、ドアを開けてくれなくて」

 店は休みにする。しばらくそっとしておいてほしい。ドア越しにそれだけ言うと、奥へ引っ込んでしまったらしい。

「夕べのアレは、いったい何だったんだろうな……」

 茶を飲みながら、ぼそりとつぶやいたのは、ぼく。けれど美由紀は聞いておらず、昨夜完成したらしい、ミニチュアの服をイコに示していた。

「キイちゃん用に作ってみたの。イコちゃんより少し背が高いらしいけど、これくらいでよかったかしら」

「じつに似合いそうですねえ」

 基本的にはお揃いだが、イコの服が真紅なのに対し、こちらは濃いめの青。スカート丈は短めで、活動的な印象に仕立てられていた。さらに彼女は超小型の靴を二足、取り出してみせた。厚紙を加工して濃い茶色に塗り、上からニスを塗ったとおぼしい。じつに器用な娘だと感心するが、力の入れ所がズレている気がする。

「キイがそう簡単に出てくるとは思えないが」

 皮肉をもらしたが、やはり美由紀は聞いておらず、慣れた小鳥と戯れるように、指先でイコをからかっていた。

「ねえ、イコちゃんの下の妹、ゼットちゃんのツノは何本?」

「二本ですねえ」

「定まった形はないと言ってなかったか?」

「それでも妹は妹であって弟ではないのですよ、ご主人。上の妹も下の妹も、一本ではなく二本のツノを持つことで、その……あい、でんてぃてぃ、を、イジしているのですねえ」

 小妖怪の言わんとすることは、何となくわかる。ゼットには性別があり、彼女たちのステイタスシンボルともいえるツノがあり、その数は定まっている。カオスの海を漂っていた彼女らは、ヒゲの老人とやらに名前を与えられた時点で、混沌から分離され、アイデンティティーを有する至った。もし決まった特徴が何もなければ、カオスに戻ってしまう。

「ゼットイコール、二分のワイ。ただし、大文字のY」

 美由紀が歌うようにつぶやいた、奇妙な方程式は何を意味するのか。小文字の「y」ならキイを指したはずだが、大文字は何なのか。そもそも意味があるのか。ズレているのは常のことだが、今朝は普段に増して話が飛ぶ。落ち着いているようでいて、みょうにテンションが高い。

 z=Y/2。

「ときにヨコマチさん。お借りしたいものがあるのですが」

 また話が飛んだ。今度はやけに真剣な面持ちである。ぼくの所有物といえば、例の風変わりなチェス盤しか思い浮かばず、首をかしげた。林檎を剥く手を休め、美由紀がかざしてみせたのは、十徳ナイフ。そういえば、フォルスタッフに転がりこんだときは、これが唯一の所持品だった。

「べつに構わないけど。これからキャンプに行くわけじゃないだろう」

「もちろん」

 伊丹静香、およびレムリアン星姫に会いに行くという。いよいよ、各個撃破でしぼり込むわけだ。仮に、もしも、この二人がシロとわかれば、必然的に「犯人」は、胡桃沢夏美に決まる。闇の中、伊丹幸吉の手を引いて石段を降りて行く、若い女の姿が浮かぶ。女は狐の面をつけている。含み笑いが洩れ、狐の眼が金色に光る……

「ですから、お昼には間に合わないかもしれません」

「いいよ。ご飯がまだ残っているし、チャーハンくらい作れるさ」

 まともに見つめられていることに気づいた。またしても思いつめたような眼差しは、ぼくの料理の腕前を危ぶむのだろうか。こう見えても自炊歴だけは長いんだ。と、太鼓判を押そうとしたとき、彼女の腕がしがみついてきた。

「な……?」

「気をつけて、と言ってもらえますか」

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