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十二月七日

 メイ探偵の朝は早い。

 抜群に寝覚めがいいのである。

 昨夜は何かと騒がしかったし、手仕事も残っていたので、決して早く寝たわけではなかったが。布団を見ただけで眠くなり、入ると同時に夢の中という寝つきのよさ。一度寝たらジンギスカンの大軍が部屋を通過しても目覚めない眠りの深さゆえ、この日、十二月七日水曜日の目覚めも爽快だった。

 台所に立ってコーヒーを沸かし、寝巻きのままゆっくりと飲んだ。座卓の上には、様々な色のハギレが散らばっていた。

(今夜はヤミナベですよ)

 そう言ってヨコマチ亨を叩き起こしたのが十二月一日の朝だから、明日で一週間。ヤミナベを発端に、ずいぶんいろいろなできごとがあり、ヨコマチに言わせれば「進化論を根底からくつがえす」不思議な小妖怪があらわれた。まさかこんな場末の商店街の一角で、進化論はおろか、世界がひっくり返るような事件が進行していようとは、だれが知るだろう。

 それを知っているのは、基本的には、フォルスタッフの三人だけなのである。

(そして謎を解くのが、このわたし)

 寝癖のついた髪を掻きあげた。ほとんど組みあがったジグソーパズルの絵が頭に浮かんだ。まだいくつかのピースが欠けていたが、絵の形ははっきりしていた。新たに数個のピースが発見されただけで、よもや虎の絵がスッポンモドキに変わったりはしないだろう。

 昨夜の奇怪なできごとが、彼女を結論に導いたといえる。ヨコマチに呼ばれて駆けつけたとき、二階堂ユキトは喫茶店の床に倒れていた。棚の上のテレビが、まるで経絡秘孔を突かれたように破裂しており、黒焦げの破片が散乱していた。金属の焼けるにおいがした。

 ユキトは気を失っているだけらしい。

 ブランデーとハーブでメイド特性の気つけ薬を作り、ひと口飲ませると、間もなく意識を取り戻した。救急車は呼ばないでくれと、いつかのヨコマチみたいなことを言った。貧乏作家と違って、保険証くらいは持っているだろうけれど。

 ユキトを部屋に送り届けたあと、ヨコマチから簡単な経緯を聞いた。じつに奇怪な話だった。けれども、欠けたパズルのしかるべき位置に、このエピソードを当て嵌めると、パチリと組み合わさり、驚くほど明瞭な絵が浮かび上がった。あとは、自慢の足で確かめれば事足りるだろう。

(人呼んで、メイドの美脚)

 と、いまひとつ意味不明なことをつぶやき、彼女は立ち上がった。まことに遺憾ながら、次にくるべき着替えのシーンは、都合上省略させていただく。


 売れない作家の朝は遅い。

 低血圧なのである。

 それもあるが、世の中に背を向けて生きていると、どうしても夜行性になってしまう。謹直な勤め人たちが駅へ急ぐ時間が、もっとも居たたまれない。かれらの足音がジンギスカンの大軍のように、怠惰なボロ城を攻めたてるようで、居たたまれない。この時間を寝てやり過ごすためには、宵っ張りにならざるを得ないのだ。

 むろん、目覚まし時計とも無縁の生活。もっとも昨今、アラームのない時計を探すほうが難しいが。百円ショップで買ったぼくの時計が、どんな音で鳴るのやら、一度も聞いたことがないというテイタラク。

 そいつが今朝にかぎって、セットした覚えはないのに、ぼくの頬をつねり、耳を引っ張り、メシにしましょう、メシにしましょう、と、奇妙なベルの音を響かせた。

 ぶん投げてやろうと思い、手を伸ばすと、そいつはひらりと身をかわし、ぼくの人さし指にまたがると、キャメルクラッチをキメた。間抜けな悲鳴を上げて起き上がると、目覚まし時計あらためイコが、布団の角にちょこんと座っていた。ぼくは、ぼりぼりと頭を掻いた。

「運動神経がニブかったのでは?」

「サイズの問題ですねえ」

 すでに旨そうな香りが部屋を満たしていた。朝食の盆を手に、牧村美由紀が台所から顔を出した。なんだなんだ、このルームサービスばりの好待遇は。

「はい、イコちゃん、お待ちドナ・サマー。ついでにおはようございます、ヨコマチさん」

 どうやらぼくは、ついでらしい。

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