宴のあと
彼女にしては珍しく、コートの下はデニムのミニスカートだった。初々しいほど真っ白い、ほっそりとした太腿。黒いオーバーニーソックスとの組み合わせは定番であるが、それゆえに最強タッグの破壊力で、オトコの煩悩を直撃する。
ブランデー入りコーヒーが、二十分後にはオン・ザ・ロックと化した。一時間半後にはボトル一本が空になったが、なかなかどうして、つけこむ余地がない。飲めば飲むほど何とやらの拳法ではないが、むしろふだんの佐々木ユキより、スキがなくなっている。
誤算があったとすれば、酔っ払いが必ずしも、酔いつぶれるとは限らないということだ。そういえばヤミナベの夜、しこたま酔って、本人の記憶にない狂態を演じた彼女であるが、ジャッキー・チェンばりにふらついていたものの、最後まで他人の支えを必要としなかった。
瞬く間に、二本めのボトルが空になった。佐々木ユキ、ますます絶好調で、アカペラで『UFO』を踊り『渚のシンドバッド』を踊り『ラジオ体操第二』を踊ったが、ますますガードは鉄壁。ここまで踊り狂いながら、いわゆる「絶対少女領域」を完璧なまでに死守していた。
美由紀に酔っ払いの相手を任せ、ぼくとユキトはひとまず戦線を離脱した。
「参ったな。難攻不落とはこのことだ」
「ですが、今なら何をしても記憶に残らないでしょう」
「ま、まさか、ジェットストリーム・アタックをかけるつもりか?」
「仰る意味が呑みこめませんが。ただ、寄生された女性が大の男を襲うという以上、予想外の力を発揮する可能性があります。力ずくで攻めて、凶暴化されては危険です」
「つまりボトルが尽きるまで撃ちつくすしかない、と」
三本めが空になる直前、佐々木ユキは案外あっけなく陥ちた。
野郎二人は厨房へ席を外し、検分を終えた美由紀が、OKサインとともに顔を出すのを見た。彼女は、シロだった。
「残すところ、あと三人に絞られましたね」
狂乱の宴のあと。ぐったりとカウンターにへばりついたぼくに、ユキトがそう言った。美由紀は佐々木ユキを隣まで送り届け、そのまま自室に戻っていた。ぼくは指折り数えた。
「伊丹静香、レムリアン星姫、そして胡桃沢夏美、か。強豪ぞろいだな」
あまり深く考えたくなかった。ユキトは簡単にあと片付けを済ませると、テーブル席の椅子を引いてかけた。二人とも無言のまま、しばし時が流れた。
「あのテレビは映るんだろうか」
誰に尋ねるともなしにつぶやいた。棚の上に置き去りの、四隅のまるいブラウン管のテレビ。14型くらいの小さなもので、いかにも年季が入っている。
急にそんなものが気になったのは、黒猫亭の二階の窓に映ったという、ネコ耳の人影の話が印象に残っていたからだ。佐々木ユキの証言によれば、その人影は古いブラウン管のテレビを消した時のように、歪んで消滅したとか。
しかしこのテレビが映るとは思えないし、一度も映っているところを見たことがない。オブジェとして置かれているのだと、勝手に解釈していた。ユキトが答えた。
「壊れてはいないと思いますよ。つけてみましょうか」
もちろんリモコンなどあろうはずがない。ユキトが背伸びをしてスイッチを入れると、ブン、と独特な音が生じた。ちらちらと砂嵐が画面を覆い、ボリュームを絞ったスピーカーから、ざーっと無機質なつぶやきが洩れた。まあそんなところだろうと思ったところで、いきなりこのポンコツが電波を拾った。
CMが流れはじめた。色は飛びまくり、ひどく揺れるけれど、受信していることには間違いない。次々と流れてくるコマーシャルが、何やら空恐ろしい現象に感じられた。
「一部の地域では、まだアナログ放送が続けられていると聞いた覚えがあります。何かの加減で、遠くの電波を拾ったのではないでしょうか」
ユキトがそう言ったとき、ぼくは思わず画面を指さした。
「あれは……胡桃沢夏美じゃないか?」
緑化をうったえる、ACジャパンのCMとおぼしい。穏やかなピアノ曲が流れ、緑の梢が揺らめく。木洩れ日の中、白いワンピース姿の夏美がたたずみ、気持ちよさそうに風を浴びている。アップになったところで、うっとりと目を細めて、微笑んだ。
<きっと偶然なんかじゃない。わたしの想いが、どこかで芽生える>
彼女の声でナレーションが入り、それっきり映像がふっつりと消えた。もとの砂嵐に戻っていた。




