三姉妹
「とにかく残る四人は、晴れてきみのほうで調べられるわけだから、あとの話は早いだろう」
「わたしもそう思ったんですけどね。なかなかどうして」
「難しそうかい?」
夕食を終えたところ。牧村美由紀は十徳ナイフで林檎の皮を剥きながら、ちょっと眉をひそめてみせた。
「場所が場所ですから。例えばお風呂屋さんに誘えたとしても、ねえ」
なるほど、それはそれで、ものすごい絵が浮かぶ。
美由紀は皿の上で林檎を割って芯をくり抜き、爪楊枝をさしてイコに手わたした。小妖怪は満面の笑みで、抱きしめるように受けとる。もちろんすでにシチューを三、四杯、ぺろりと平らげたあとである。ぼくもひと切れ食べてみたが、タダ同然のハネモノにしては、甘く熟して美味しかった。残った爪楊枝を口の端にくわえたのは、煙草を吸っていた時代の名残りだ。
「それでも各個撃破でやっていくしかないだろう。一番やりやすいのはだれかな?」
「佐々木ユキちゃんでしょうね。一服盛れば済むのですから。ひひひひひ」
毒婦、ブランヴィリエ侯爵夫人の笑みを浮べた。十徳ナイフからキラリと引き出された刃は、コルク抜きであった。一服盛るとは物騒だが、言うまでもなく酒の話。そんなオトナの事情そっちのけで、イコは湯飲みにもたれて、こくりこくりと舟を漕ぎはじめていた。騒動の張本人のくせに、お気楽なものである。
癪なので、額のツノを軽くつついてやると、ガラスを弾いたような音がして、緑色の火花が出た。三分の一だけ目を開けて、寝言みたいにつぶやいた。
「じつに、うまいメシでしたねえ……」
「メシはいいけれど、まったくおまえの妹ときたら、よくよく人を振り回してくれるよ」
「どちらの妹のことでしょうか、ご主人」
「は?」
思わず美由紀と顔を見合わせた。おそらくぼく同様、彼女も目を見開いていた。そうだそうだ、そうなのだった。妹が「一人だけ」だとは、イコは一言も言っていなかった。
「おいこら寝るな! キイ以外にも、おまえには妹がいるのか。そいつもまた、ヤミナベに混じっていたのか?」
小妖怪が両手でぽりぽりとツノを掻けば、また火花が散った。人間でいえば、目をこする動作にあたるか。それでもとろとろと溶解しそうな目つきのまま。
「わたしたちは、三姉妹なんですねえ。でもご心配には及びませんよ。龍蝨の中に隠れていたのは、わたしと上の妹の希だけなのです」
「下の妹さんは、何という名前なの?」
「微と申します。顕微鏡の微と書きますねえ」
美由紀は唇に指をあてた。おそらく通り名を考えているのだろう。とりもなおさず、そいつが鍋に入っていなかったのだから、これ以上の混乱は免れたわけだ。
「ゼットちゃんと呼びましょう」
「なんで?」
イコを指して「x」と言い、彼女自身のお腹を指さして「y」とつぶやき、虚空を指さして「z」と口ずさんだ。まあ、ビーコではお釜っぽいし、ビイではキイと紛らわしいし、第三の、そして最後の寄生生物という意味を含めてのゼットなのだろう。いつもながら、じつに安直である。また眠りネズミと化しているイコに、美由紀は尋ねた。
「ゼットちゃんの特徴を教えてくれる? やっぱりイコちゃんたちと似ているのよね」
「いいえ、ご婦人。下の妹には、定まった形がございませんのです」
「形が、ない?」
ぼくと美由紀は声をそろえた。おそらく二人ともアメーバー状のクリーチャーを連想したに違いない。イコは相変わらず、こくりこくりとやりながら。
「はい。形がないということは、何にでもなれるということなのです。わたしたち三姉妹の中でも、下の妹は一番デキのいいやつですからねえ」
「じゃあ例えば、身長五十メートル、体重二万トンの怪獣と化して、K駅を踏み潰すこともできるのか」
「やってやれないことは、ないでしょうねえ」




