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座敷わらし効果

 五千円が高いのか安いのか、ぼくにはわからない。

 なぜこれを一番に見せられたのか、星姫の魂胆もまた不明である。それでも薄っぺらな財布をはたいて、買わざるを得なかった。いくら彼女でも、ぼくの夢の中まで覗けるとは思えない。だから足もとを見られたわけではないだろうし、見ようがないのだ。

 しかし、ぼくみたいな天下無双の貧乏人に売りつけなくても、もっと高く買いたがる客は、けっこういるのではないか。黒猫亭が扱う品物のよさには定評があり、テレビで活躍している占い師なんかも、たまに訪れると聞く。このての酔狂なアイテムに目のないヤカラは多いだろう。

(ご縁、というものじゃないかしら。初めて荷を解いたとき、真っ先にヨコマチサンの顔が浮かんだのよ)

 黒猫が描かれた紙袋に入れてくれながら、レムリアン星姫はそう言った。もし展示されていたら、すでに売れていたかもしれないのは認めよう。パンでも買って食う予定だったが、金を使い果たしたので、すごすごと帰途についた。十二時半を回ったところ。だれもいない部屋に、昼食だけが用意されていた。

 イコはポケットの中で眠っていた。それで異様におとなしかったのか。起こして食事を済ませたあと、例のブツを見せた。

「これと同じものを、おまえと一緒にやっていた記憶があるんだ」

 もっとも、夢の中では駒が勝手に逃げたり、昼寝をしたりしていたが。うれしそうに、イコは何度もうなずいた。

「じつに懐かしいですねえ」

「懐かしいとは、みょうな言いぐさだな。ルールを教えてくれ」

 チェスよりだいぶ複雑だが、それぞれの駒のキャラクターが頭に入れば、案外すんなりとゲームを進めることができた。ヒゲの王様は相変わらず居眠りばかりしている。女王は強いが残酷で、すぐに味方を処刑する。理髪師は敵の女王を手なずけるのが上手く、騎士は暇になると庭師に転職し、小金を溜めはじめる。

 どうしてこんな面白いゲームを、これまでだれも考案しなかったのだろう。なにやら重大な課題をかかえていた気がするが、すっかり忘れて没頭するほどに。

 いかにも神秘的なタロットカードも、もとはゲーム用だったと聞く。ゲームのルールが忘れられた後も、占いのツールとして洗練され、確立されていった。ふつう、我々は何でもかんでも、呪術からゲームへ俗化する流れに当てはめがちだが、タロットの変遷は、そのての常識に対するひそやかで強烈なカウンターパンチを放っている。

 ともあれ、この奇怪な将棋のルールも、世に忘れられて伝わらないのだろう。ルールを伝えていた少数民族が滅んだとか、そのへんの事情はわからない。ただ、盤と駒だけが残され、西アジアの怪しげなマーケットを二束三文でさまよっていたのだろう。

 ただ妖怪にだけ記憶されて。

 それにしてもこのゲーム、あまり勝敗を競うのに特化したものではない。勝ち負けなんか二の次で、その過程で生じるドラマや、アクシデントを楽しむものだ。ある意味、人生ゲームに似ているかもしれない。

 将棋にせよ囲碁にせよ、プロがいるほどのゲームのほとんどが、野球やサッカーと同様、勝つか負けるかの真剣勝負。生死を争う恐るべき社会の写し絵である。こんなふうに、なかば夢見心地で続けられるものではない。きっとこれを楽しんでいた人々は、夢見がちな、のんびりした人種だったに違いない。ぼく同様に。

 ゆえに滅びたのか?

 午後三時すぎに、牧村美由紀があらわれた。

 ぼくにはコーヒーを。イコには林檎ジュースを。それと焼きたてのホットケーキを持参していた。正式にはパンケーキなのだろうが、ホットケーキのほうが懐かしくも旨そうに響く。ぼくと美由紀が一切れずつ。残りの六十三パーセントをイコにお供えした。オソナエといえば、

「マスターが驚いてますよ。イコちゃんは座敷わらしみたいだって。急にお客さんが次から次へと」

 あやうくコーヒーを吹き出しかけた。客が来たのは偶然だろうが、イコは座敷わらしのイメージにぴったりだ。森閑とした旧家の座敷に、赤い着物を着てちょこんと座っている姿が、いかにも似つかわしい。くすくす笑っているところへ、美由紀がたたみかけた。

「十二時ごろ、ソウダさんというかたから電話がありましたよ。夕方またかけるそうですが、ご存知ですか?」

「ソウダさんねえ……そうだ!」

「言うと思いましたよ」

 ぼけたのではない。ぼくが知っているソウダさんは一人しかいない。出版企画会社の宗田さんで、一年以上前に怪談集の口語訳をもちかけられたまま、話が立ち消えになっていた。よくあることだとあきらめていたが、かれから電話があったとすれば、原稿の依頼以外あり得ない!

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