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夢の中のアイテム

 入り口近くに、豪奢なアンティークのドレッサーが置かれ、その裏側に星姫は引っ込んだ。奥に事務所と給湯室があるらしい。店内に目をさまよわせると、いつか美由紀が涎を垂らして欲しがっていた服が、まだ吊るされていた。値段を見れば、たしかに場末のウェイトレスの収入では、ちと高い。

 ぼくに買ってあげられる甲斐性があればいいのに、という考えが、なぜかよぎった。

 紅茶のよい香りが漂ってきた。茶器を持って彼女があらわれ、ぼくを近くの小テーブルにかけるよう、うながした。

「飲みながら待っていてくださらない? 例のブツは、まだ展示してないのよ」

 そう言って、今度は店の奥へ。ちょっとした収納スペースのドアを開けた。

 ふんわりした花柄のティーカップを前に、ぼくは戸惑っていた。これもアンティークとおぼしく、ソーサーが二重になっている。無粋なぼくは複葉機を連想したりしつつ、どうやって飲むのか見当もつかない。まさかカップから二つのソーサーに、交互に注いで飲むわけではあるまいが。どうしても、がぶがぶ飲めるコーヒーのほうが、性に合っているようだ。

 どうせだれも見ていないし、そのままストレートでいただく。なるほど旨いものだと野暮天なりに感心していると、茶色い紙に包まれた「ブツ」をかかえて、レムリアン星姫が戻ってきた。大きさは絵本程度か。ぼくの前に座って包みをテーブルの上に置き、もったいぶって彼女は微笑む。

「なんだと思う?」

「ぼくが好きそうなもの、ですよね」

 書画骨董を集める趣味はない。これといって何かを収集した記憶もない。幼い頃、怪獣のカードを集めはしたが、二、三の好きな怪獣が出そろったところで、やめてしまった。いつもそんなぐあいに中途半端に終わる。どうやらコレクター気質に欠けているようだ。ただし、商売柄、本は自然と溜まるから、やはり書籍ではないかと踏んでいた。

「舶来の絵本か、写真集でしょうか」

 星姫は答えず、奇妙な果実の皮を剥くように、ゆっくりと包みを開いた。すでに開かれた形跡があるのは、わかっていた。あらわれたのは、二つに折りたたまれたチェス盤である。独特なにおい。ニスの光沢。これといって何ら変わったところはない、赤と白の市松模様。

 チェス盤が広げられた。裏側のスペースから、駒が入っているとおぼしい木箱が出てきた。軽く振れば、かさかさと鳴る。取り出された駒は、赤と白に塗りわけられていた。テーブルに触れると、ことりと音をたてた。木製ではないらしい。視線でうながされ、赤い駒のひとつを取り上げた。ひんやりとして、意外に重い。

 通常のチェスの駒とは、ずいぶん違う。見たこともない。けれど、それはたしかに見覚えがあった。

(いえいえ。ヒゲ将軍が昼寝してしまったので、一回休みなのですよ)

 ぼくはうろたえた。

 ほかの駒にも目を走らせたが、間違いない。夢に出てきたやつと同じだ。スイカ畑の番小屋で、イコと思われる少女とさしていた、風変わりなチェスの駒。極力平静をよそおっていたが、背中をつたう汗が意識された。ちょっとこの部屋は、暖房が効きすぎていやしないか。

「どう? 珍しいでしょう。パキスタンからの便に混じっていたのよ。注文した覚えもないのに、何かの手違いでね。うちはブローカーを通してないから、現地の業者に直接問い合わせてみたんだけど、向こうも覚えがないと言うわ。だから作られた場所も年代も、まったくわからない。アンティークには違いないようだけど」

「い……いくらくらいするのですか」

「もうお気に召して? たまにわざと間違えて、ふっかけてくる業者がいるけどね。相手もよくわかってないものは、ふっかけようがないでしょう。それで安く手に入ったのよ。でも、明らかにモノはいいし、その筋の専門家に問い合わせれば、さらに値打ちが上がるかもしれない」

 すでにぬるくなった紅茶を飲みほした。口の中がからからに乾いていたことに、初めて気づいた。

「ゲームのルールはわからないのですか」

「説明書も何もないし。わたしも詳しいわけじゃないけど、こんなチェスは見たことがないわ。ダリみたいな変態芸術家が、気まぐれに作ったのかとも考えたけど、シュールレアリスムの時代より、ずっと古いのは間違いない。それに……」

「それに?」

「これとまったく同じものが、もうワンセットあるの」

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