レムリアン星姫
黒猫亭の前には、今日もまた女子高生たちがたむろしていた。まだ正午前だというのに、学校はどうなっているのだろう。テスト期間というやつか。
「あら、ヨコマチさんじゃない」
太腿に見とれて、うっかり立ち止まったのが運の尽き。佐々木ユキと通りかかった三日前と異なり、しっかり占いのブースが出され、レムリアン星姫が、こっちこっちと手招きしていた。行きたくなかったけれど、化け猫の魔力にたぐり寄せられるまま、ぼくは彼女の店先へ。
ブースの上には十枚のタロットカードが、一定の形に並べられていた。いわゆる、ケルト十字法である。カードは一枚を残してすべて表に返されていた。星姫はぼくに待っているよう、目顔で合図すると、ブースの前に座っていた小柄な少女に話しかけた。
「どうしても、カレのことが忘れられない?」
「はい」
「でしょうね。ソードのクイーンだもの。あなたがとても強く想っているのは、よくわかるわ。でも現状では、あなたのかたくなさが裏目に出ているみたいよ。カレは、よく言えば忍耐強い人。ただし、優柔不断なところは否めないわ。あなたに対して、声を荒げたりはしないけど、のらりくらりと逃げ続けている。そう感じない?」
少女のリアクションから、軽い、けれど確実な驚きが伝わってきた。当たっているのだろう。星姫は続けた。
「でもそれって本当の優しさかしら。だれだって、想われるのは気分がいいものよ。あなたを受け入れるつもりはないくせに、追いかけられる状況を楽しんでいる……あ、残酷に聞こえたらごめんなさいね」
「だいじょうぶです」
星姫は小首をかしげて微笑み、彼女から見て右の一番上にある、最後の一枚を表にした。トガをまとった男が、三本の棒の間から海を眺めている後姿。
「ワンドのスリー。それも正位置だわ。ね、あなたの前途は明るいのよ。新たな船出が待っているの。でもそのためには、いったん一人になる必要があるわ。孤独をじっくり受け止めて、心静かに周りを眺めてみることね。そうすると、必ず船が近づいてくるから。あなたにとって、ぴったりの船が」
少女は弾かれたように席を立ち、上ずった声で「ありがとうございます」と叫んだ。頬は上気し、涙を溜めているのか、目が潤んでいた。ゆったりと着た黒衣を揺らし、星姫も腰を上げた。
「少しでも参考になったらいいけど、ちょっとごめんなさい。席を外させてもらうわね。まだみんないるでしょう? あとで紅茶をご馳走するから」
ウムをいわさぬ視線で、彼女はぼくを店の中へ連行した。少女たちがわいわい騒ぐ声が、ガラス扉の向こうに遠ざかった。店内はほかに誰もおらず、売りもののアンティークの椅子の背に、星姫はぐったりと腕でもたれた。眉間に少し、疲労の色がある。
「これでもけっこう神経使うのよね。とくに、あの年頃の子たちには。出た結果がノーだからといって、無慈悲に言い放つようなことはしたくない。かといって、曖昧にお茶をにごしては仕事にならない。お金をとる以上は、白黒はっきりさせるのが占いだからね」
「白黒、ですか」
どきりとした。まるでぼくの悩みを見透かしたような言いぐさである。星姫もまたヤミナベの参加者であり、グレーゾーンにいる一人なのだ。
「もちろん、白と断じたのに黒と出た場合、わたしの信用に傷がつくわ。でもそのリスクを恐れていては、商売にならないでしょう。見た目以上に、きびしい賭けの連続なのよ」
「初めて占う場面に立ち会いましたが、さすがですね。素直にそう思います」
「何様のつもりだって思ったでしょう。いいのよ。自分でもそう感じるから」
ここで彼女は、例の半眼でぼくを見た。うかつだった。彼女はオーラを目視し、ときには憑霊の正体を見破るという。霊が見えるのなら、妖怪だって透視できるのではないか。ぼくは冷や汗をかきながら、ポケットの上におずおずと手を添えた。彼女は言う。
「お腹は治ったと聞いていたけど、わたしにはそうは見えないわ。相変わらず真っ赤な『気』が出ている。ただ、だいぶ左に移動しているようだけど」
左のポケットにイコが入っているのだから、それはたしかだろう。なかばホッとしつつ、ぼくは懸命に話題を転じた。
「ぼくに何かご用でしたか」
「あら、ごめんなさい。お構いもしませんで。ちょっと見せたいものがあったの」
「見せたいもの?」
「そうよ。最近手に入れたんだけど。ヨコマチさんなら、こういうの好きかなと思って」




